「母親は朝まで起きないだろう、きみも、もう少し眠るといい」

「伸二さんは、寝ないんですか」

「寝るとも。休眠は俺が今、もっとも力を注いでいる趣味だ」

「えーと、注ぐとは、どのように」

「いかに短時間で効率的に、情報の再整理とログのノイズ除去と、放熱を済ますかが勝負どころでな」



パソコンですか、あなたは。

はじめて会った時から変わらない、白いTシャツにデニムの姿が立ちあがり、窓へ向かった。


ふと考えた。

伸二さん、何しにここに来たんだろう。

要望はまとまったかとか未練はないかとか、そんなことをいっさい訊きもせずに、立ち去ろうとしてる。


まさかとは思うけど。

もしかして、お見舞いに来てくれたんだろうか。

大変だったな、と彼なりに、ねぎらいに来てくれたんだろうか。


伸二さんが近づくと、カーテンがひとりでにはためいて、窓が開いた。

月夜に向かって、ふわりと身体が浮く。

伸二さん、と呼びかけると、窓枠の上から、優しい微笑みが振り向いて。



「今日は、ありがとうございました」



その瞬間。

伸二さんは、ぼたりと床に落ちた。



 * * *


「で、なんやの、これ」

「私もわかんないの、誰かが書いてる小説ってことしか」



ふうん、と感心したように、林太郎が携帯を眺める。

どのあたりを読んでいるのか気になって、横からのぞきこんだら、清潔ないい香りがした。



『僕、一度、帰ってシャワー浴びてくるで』



お昼前に病院から帰ってきた時、お互いこのあとどうするべきかわからず、家の前でしばらく沈黙が下りた。

それを破ったのが、林太郎の言葉で。

私はうん、と応え、すなわちそれは、そのあとも林太郎と、うちで過ごすということに他ならなかった。