「…でも」

彼はそういったきり少しだけ唇をかんで、言葉を止めた。

私は寂しいような愛おしいような、そんな感情を抱いていた。小さな、きらきらした雫を、大事に宝箱にしまうように、たいせつに、たいせつに。

私はいつのまにか、彼の手をぎゅっとにぎっていた。器用で繊細で、そして男らしいその指に自分の指を絡める。

彼はそんな私の行動を見てふっと笑った。

「咲耶になら、なんでも見せられる気がするんだ。俺が俺でいられる、唯一なんだ」

なんだかすごくきゅんとして、安心して、もういちど指に力をこめる。あたたかいものがまた、まざりあう。

「昔の俺だったら、大人ぶって、余裕ぶって、咲耶からまた離れていくかもしれない。でも今は違う」

ずっと、繋いだ手と手を見ていた彼の目線が上がり、ひとみとひとみが線をなす。
吸い込まれそうだ、と思った。

「どんだけ咲耶に迷惑かけても、辛い思いさせても、俺が咲耶と一緒にいたいんだ」

ただ、ただまっすぐに私の心を。彼はいつだってそうだ。5年前と今と、変わらない。たとえその過程に何があったって、今私のことを、こんなに求めてくれている。それだけでいいと思った。

「もう、かっこつけない、信じてもらえなくても、嫌われても、咲耶が好き」

鼓膜がくすぐったくて、少しだけ目を細める。
頬が熱くなるのがわかり、彼にまた何か言われるかなと思ったけど、彼も珍しく自分で言っておきながら照れてしまっているようで、下を向いていた。

「…咲耶、何か言ってよ、俺すべったみたいになってる」

頭をポリポリとかきながら、顔を上げた彼の柔らかい唇を、そっと奪う。

彼は少しだけ驚いたようにしていたけど、すぐいつもの余裕の笑みに戻った。

私は唇を離してそのまま彼を抱きしめ、白く骨ばった首筋に、またキスを落とす。

「…私はあの日からずっと、これからも、拓未だけのものだよ」

耳元でそういうと、彼が頬を赤らめたのがわかった。

「なにそれ…反則、」

彼が私を抱きしめる力が強くなる。
私まで恥ずかしくなって、彼の髪の毛をくしゃくしゃ撫でた。
大好きな人が、大好きでいてくれる。それも、長い時間を超えて。奇跡のような、夢のような、そんな大それたものじゃないような。まいっか、と心の中でしるしをつけて、今日は素敵な日になる。

うずめていた彼の肩から起き上がり、少しだけ顔をしかめ、 でも他の女の子の服はほんとに妬くから着ないで?というと、心底安心したような、そして怯えたような顔をして、咲耶、それ俺と会ってないあいだ他の男にも言ったの?ねぇ?とひとり焦っていたので少しおかしくて笑ってしまった。彼は心配性で、ヤキモチ妬きで、独占欲が強い。そんなところもすべて愛おしい。

おもしろかったのでその質問に答えないで買い物に行くことを急かすと、また彼はうだうだと私へのベタベタを続行させた。