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朝の、ふわふわとした陽気。
そっと目を開けると、まばゆい光がそっと私を包んだ。
それでも感じる空気は冷たくて、もう布団から出られない季節だ。
いつもなら会社に行く準備で飛び起きている7:30、休日はいつも二度寝してしまいそうになる。

いつもと変わらない日常。

違う。 今日は違う。

今日からは違う。

私は重い腰を起こし、腫れた目をすこし擦る。
昨日あれだけ泣いたから…

暖かい布団から出てカーディガンを羽織る。
寝室を出ると、彼はまだソファで気持ちよさそうにすやすや眠っていた。
寒くないかな…と心配になり、自分をあっためてくれていた毛布を、彼の毛布の上から掛ける。

私のベットで一緒に寝ればいいのに、彼は自分はソファで寝ると言ってきかなかった。
「さやは俺がいたらしっかり休めないだろうから」って、彼はそういうとこしっかりしている。

ソファの横に座り、彼の鼻をちょんっと触る。

「…それに、今一緒に寝たら多分さやのこと襲っちゃうもん」

少し笑いながらからかうように言う目線を思い出して、また頬が上気する。

私はそれをかき消すようにしてその場を立ち、目を冷やすためにキッチンへ向かった。

お鍋には昨日拓未が作ってくれたシチュー。
冷ましちゃって悪かったな、と今頃反省。

でも昨日はほんとに、それどころじゃなかった。

…だけど、その寝顔を見て、心から良かったと思う。
5年前とは違って、女の子の扱い方が分かってる拓未は、なんだか変な感じもするんだけど。

朝食にサンドイッチでも作ろうかと、レタスを水切りにし、卵を茹で始める。


1人じゃ凝っても仕方が無いな、と思う料理も、なんだか楽しい。

いつもよりちょっと頑張って、トマトをペースト状にしている私は、ほんとに単純だな、と思う。

そこでふと、間宮さんのことを思い出した。

…ほんとに、今日が土曜日で良かった。
どんな顔で会えばいいのか、全然分からない。

拓未のことは解決したけど、会社のことはどうすればいいんだろう。
昨日みたいな嫌がらせが続いたら…

頭がガンガンする。
彼女達の笑い声とハサミが脳裏にこびりついている。

『優しくした覚えはない』
その言葉の真意も分からず、
私はまた由香里に相談しに行くことに決める。

「なにぼーっとしてんの」
いつの間にか拓未は起きていて、キッチンの前の細い机に体をあずけ、こちらをのぞき込んでいた。

「ふぁっ?! びっくりした」
思わず出してしまった変な声に、また拓未はけらけら笑った。

その笑顔に私はまた安心している。

彼はまた私のお父さんのスウェットに身をつつみ、袖をだるんだるんにしてふぁーあと大きなあくびをする。

彼はサンドイッチだーと嬉しそうにキッチンに入ってきてわたしの横に並んだ。

「さややっぱ器用だね」
「OLだもん。女子だもん。」
昨日のシチューの美味しさに、私はすこしビビっている。

へぇーピザ風にしてるんだ、と興味津々に眺める姿はなんだかかわいい。

拓未が隣にいるせいで、体の右側が温度を持ち出す。
私はひしひしと、大切なひとが隣にいる感覚を味わう。
すごく、素敵な時間。

シチューを温めなおそうと火にかけたとき、拓未が自然に、私に触れてきた。

優しい空気を撫でるように、私の体をぎゅっと包んでしまう。
肩に拓未の顔が乗って、首筋に襟足が当たって、くすぐったい。

「ちょっと…やりにくい」
私がそう言って身を捩ると、彼はいいじゃん、と笑って離そうとしない。

いつもと違う、ぼそぼそとした声が耳に伝わってこそばゆい。

「なんか信じられない。 …さやがここにいること」
少し横を向くと、彼の顔が近くて、またどきっとしてしまう。

「私も……」
彼はその言葉の続きは分かってるという表情でまた少し笑う。

好きな人が隣にいるだけでこんなに幸せになる。
だったらもう、それ以外はいらない。

「さやはほんとに……俺のこと好きだね?」
彼はいたずらに、私の肩にキスを落とす。

「ちょっと!」
「あぁ〜もうほら、シチュー焦げちゃうよ?」

…確信犯のくせに。

火を止めて、そっとシチューをかき混ぜると、鼻腔をいい香りがちらつく。

彼もまたそれをきらきらした目で見つめていて、それが嬉しかった。