「うわっ うまい! こんなんいつ作ったの?」
「…作り置きだよ」
「ふーん、咲耶昔から料理上手だったもんねー」
なんて美味しそうにものを食べるんだろう、この人。
私が出した筑前煮と、ごはんとお味噌汁だけの朝ごはんに目をキラキラさせる。
…確かにこんな顔をされたら、みんな餌を与えてしまうんだろう。女の子は特に。

「じゃあ私もう出るから!」
やばい、このままだとまたギリギリだ。
玄関に走り込み、そのまま急いで靴を履く。

拓未も私を見送るように、眠そうに玄関に駆け寄ってきた。

私はそんなことは気にせず、玄関の鏡を見て身だしなみを整える。
今から行くところには、私の居場所はないんだから。味方はいないんだから。

…あ
でも1人。

間宮さんの顔を思い浮かべる。
謝らなくちゃ…

「咲耶、なにぼーっとしてんの」
不覚に声をかけられて、目が冷めた。

「あっ…ごめん」

私がドアノブをひねったとき、拓未が口を開いた。

「咲耶!いってきますのチュ…」
「しない」

わざとかぶせるように言葉を重ねる。

「じゃあ、いってきますは?」
拓未の問いかけはなんだかおかしかったけど、そのセリフにはまだ違和感を感じる。

…まあなんでもいいや。

「…いってきます?」
「なんで疑問系なの」

拓未がにこっと笑って手を振る。

「いってらっしゃい」

…なんだか慣れない。


***

これが私と拓未の朝の会話。

前に座り、真剣に資料に目を通す拓未は猫みたいにごろごろしていた朝の彼とはかけ離れている。

「…よし、じゃあこの方向で検討しておきます。 試作品を後日運びたいのですが、いつがよろしいでしょうか?」
あちらの佐々木さんと間宮さんが次の会合の準備をしてくれている。
間宮さんのゴツゴツした手がつむぐ文字を必死で手帳にうつす。

「それではまた2日後に。」
佐々木さんが席を立つ。
私はその場所にあったプリントをかきあつめ、ファイルに閉じた。
「ありがとうございました」
私達は同時に頭を下げ、佐々木さんと拓未は部屋を出ていった。