絶対、また彼を好きにはならない。

「……ねぇ」
「うん、なに？」
唇がまた触れ合ってしまいそうな距離から、彼は応答する。
私は自己最高速で彼から1mほど距離をとった。
「…人の話聞いてた？」
「え、聞いてたけど」
「…私は、拓未とはより戻す気はないって、今言ったよね？」
「うん。だから俺は、絶対また咲耶は俺のこと好きになるよって言った。」
目をぱちくり。

その表情は小学生のようでもあり、大人びてもいる。

「…なんでそうやって…軽く…できるの？」
「へ？」
彼はしばらくたってからその意味を理解し、にやっと笑ってこちらを見つめる。
「なにができるって？」
「だから…その…」
彼がまたこちらににじり寄る。
「なーにーがー？」
…前言撤回。今の彼の表情はドSの悪ガキだ。

「…キス、とか…なんでそうやって軽くできるの…？」

その言葉にまた彼は笑みを浮かべる。

「もしかして… 咲耶、俺と離れてから彼氏とか作らなかったの？」

その質問を聞いた瞬間、どこからともなく怒りがわいて、

「痛っ ちょま」
横にあったクッションを投げつけていた。

私はそのまま立ち上がる。
「もう、また仕事に遅れる！」
もはやヤケだった。

「あー咲耶が怒ったー」
拓未は大袈裟に痛がって、そのままクッションを抱いてまた床にごろんとする。
私は支度を進めながら彼に言う。

「拓未も仕事でしょ！ のんびりしてていの？」
「もーお母さんじゃないんだからー」
彼は猫なで声で転がる。

「ってかスーツとかどうしてるの？」
「友達に借りてるんだよねー今日も行かなくちゃー」
こんな干物みたいなやつが、オフィスに来るとイケメンって騒がれてるなんて、なんだか腑に落ちない。

私は拓未に見えないよう、自分の部屋で服を着替える。
絶対覗かないとは分かってるけど、男性として意識すると、私もすごいことしてるんだなと他人事のように思う。


「咲耶ーごはーん」
何様のつもりだ、ほんとに。