* * *

なんだか温かくて優しいものが、おでこに触れた。
春の陽気にゆっくりと誘われるようにそっと目を開ける。
あかるくて、ふわふわした視界。
ぼやけていく光の中、君を見つけた。
「あれ… さやだ」
拍子抜けな俺の言葉に、君はうすくほほえむ。
「なに寝ぼけたこと言って」
そういった表情は悲しみを帯びていて、今にも消えてしまいそうだと思った。

窓の外は赤い夕焼けが満ちている。
時計を見て、ひとつ息をつく。

君がこの街を出ていくまで、あと2時間。
君はなにか言おうとして、また口をつぐんだ。

まだ少し眠い。
あくびをしたら、また君は笑うんだろう。
このゆっくりとした時間もきっとあと少し。
焦ったような、寂しいような、なつかしむような。
そんな君の表情を、ずっと見ていた。

明るい茶のボブカット、こげ茶のまる目、白い肌。小さくて華奢なからだ。長くて細い指、かわいいというよりかは、きれいな横顔。
いろいろな人から思いを寄せられている君が、なんで俺を選んだのかは、分からない。

「終わっちゃったね」
沈黙にこぼれおちたその言葉は、湿っていた。

「うん」
返せる言葉がなくて。

その返事に、君は俺の顔も見ず窓の方にかけていった。
雲もすこしオレンジ色を帯びた空。
と、君。
髪はさらさらなびいて、それと一緒にカーテンも揺れている。

君の肩も揺れている。震えている。


卒業だってなんだって、君にはよく映えている。

きれいだ、と思った。

「本当は、離れたくないよ。」

君はひとつひとつ確かめるように、言葉を並べていた。

夕暮れが、白くぼやけた。