絶対、また彼を好きにはならない。




「あっ…つっ…」
思わず声が漏れる。
私のシャツにしみが広がる。

「ちょっと何外してんのー、ちゃんと顔にかけなきゃだめじゃん」
リーダー格の先輩がまたグラスにお湯をためながらいう。

足がすくむ。
怒りだけが、私の唯一の感情。

「ムカつくんだよ」
その人が振りかぶり、私に熱湯をかけようとした瞬間。
私が振りかぶり、そいつを蹴りあげようとした瞬間。

凛とした、澄んだ聞き覚えのある声が、私の鼓膜を揺らした。

「そういう卑怯なの、やめた方がいいよ」


「………拓未」

思わず名前を呼んでしまった。
給湯室の出入口の壁の横に寄りかかり、涼しい顔でこっちを見ている。
その目の奥の表情は、私には分からないけど。

「しっ……清水さんっ…?!」
「やばい、…あの人じゃん…」
先輩方は目を見合わせると、逃げるようにこの場を去っていった。


「なんっ………でっ…」
ビックリしすぎて、声が上手く出ない。

彼の変わらない優しげな瞳が私の胸をくすぐる。

彼はすっと私に近づき、そのまま私の頭の上に手をのせ、くしゃっと撫でた。

「よく泣かなかったね」

前にも聞いたことある言葉。

安心したのか、それとも悔しかったのか

私の涙がそこで初めて頬をつたった。

「なんっ…で ここっ………にっ……」
上手く言葉が繋がらない。
私の近くで、唇のはしがきゅっと上がる。

「会議室に忘れ物して、それ取りに来たら咲耶が人殴りそうな顔してたから」

その返しに、私もすこし笑みをこぼす。

拓未はそのまま私の頬に手を持ってきて、涙を拭いてくれた。
そしてそのまま頬をぷにっとつねる。
「ほら笑えー」
おもちゃで遊ぶ時の子供のような、茶目っ気溢れる笑顔。

「…子供扱いしないで」
私は拗ねて拓未の手を振り払う。

拓未はそんな私を見てひとつ息をつくと、改まるように少し離れた。

「なんであんなに言われて言い返さなかったの?」

拓未のその声が、思い出を紡ぎ出す。
私はその質問に、素直に応えた。

「だって悔しかったから 」

その返答を聞くと、拓未は満足そうに笑った。

「前も確かそう言ってたよ」