絶対、また彼を好きにはならない。



どんな顔をして、仕事に戻ればいいんだろう。
これまでは自分の感情を棚に上げ、周りに合わせて愛想笑うことでこの事態を避けようと頑張ってきた。
…でも今、こうなってしまった以上、元に戻ることは無い。経験則だ。

中学生のときも、こういうことはあった。
その時は直接的な攻撃はなく、陰口だけであった。
こういうときは、言い返さないほうがいいと自分は思っている。
相手を調子に乗らせない。
きっとあっちは、私が苦痛に歪む顔が見たいんだ。
だったら私は反応しない。
だって、
だってすごく悔しいから。


私は胸を張って前を向いて、仕事場に戻った。
自分のデスクに戻るまでの道で、誰にも目を合わさないよう。
きっとあの人たちは今、笑みを含んでこちらを見ている。
反応を伺っている。

私は、絶対に負けない。

私は落ち着いてパソコンの前に座り、フレンチフェアの報告書のまとめを終わらせようとファイルを開く。

「おい北原!」
その時、課長が怒りを含んだ声で私を呼んだ。
「はい!」
びっくりして、声が裏返ってしまう。
急いで課長の机の前に走る。
課長は私の顔を見て1度ため息をつき、嫌に優しい声で言った。
「北原、最近全然集中できてないじゃないか」
「え?」
「さっき提出してくれた報告書、ほとんど数字が間違ってるぞ?」
「え…」
私はそんな報告書出した覚えがない。
なんせ、提出する報告書はまだ私は作り終わっていないのだから。
「報告書は早く出せばいいってもんじゃないぞ?ちゃんと丁寧に仕事をすることも覚えなきゃだな」
「ちょ、ちょっと待ってください。私、そんな報告書出してません!」
「…? 何を言ってるんだ。こんなメモまでつけてくれただろう」
そこにはとても女の子らしい字で、『報告書終わりました。北原咲耶』と書いてあった。私はそのメモを見て悟る。
こんな女の子みたいな字、私は書けない。

そのとき後ろから、くすくすと笑い声が聞こえたのを私は聞き逃さなかった。

「…こんなメモ、私は書いてません。」
「…じゃあ他の誰かが偽装したっていうのか?」
課長が不信気にこちらを覗き込む。
…やばい。これじゃ完全に劣勢だ。

「人のせいにするってこと?」
笑い声と共に、後ろの先輩から声が上がった。

最悪だ。
この人たちはどこまでも、私の評価を下げたいらしい。
私は周りからどう思われてもいい。
でも、なんで仕事の評価まで下げられなきゃいけないの?
せっかく社内では初めて大きな仕事を任せてもらえて、なのに…

やばい、また目頭が熱い。
だめじゃん、自分。
負けるな。頑張れ。
自分に言い聞かせる。

そのとき、間宮さんが近づいてきて私の隣に立った。
そしてそのまま私の頭の上に手を置くと、自分と一緒に私の頭を下げさせた。
「すいませんでした。部下のミスは私のミスです。注意しておきます」
びっくりして、声が出なかった。