その後の打ち合わせは拓未のアシストのおかげで円滑に進み、次の打ち合わせの日程を決め、スムーズに終了した。
私はその間もずっと拓未からの視線を気にしながら、目をあわせないようにしていたが、先ほどの失敗を何度も思い出し常に顔を赤らめたのは言うまでもない。
「それでは、またよろしくお願い致します。」
佐々木さんが最初に席を立ち、それに拓未が続く。
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
間宮さんもすぐに席を立ち深々と頭を下げる。
私も慌ててそれにならう。
拓未は終始受付嬢顔負けの営業スマイルをふりまいていて、私にはそれがとても恐ろしく見えた。
2人が会議室を出て行ったあと、
「ふーっ」
間宮さんと、私のため息が重なる。
顔を見合わせ、2人とも少し笑った。
初回の打ち合わせとは毎回緊張するものであり、解放されて安心したのもある。
「北原、お前のコーヒーのおかげで場が和んだよ」
間宮さんが男らしい顔をふにゃっとさせながら少年のような顔で笑う。
「…間宮さん、普通にいじらないでください」
ちょっとふざけてみる。
「いや、あれはほんとにおもしろかった」
間宮さんはまた思い出したように笑いをぶり返す。
なんだ、こんなに普通に、優しく笑うんだと、と思いじっと顔を見つめた。
「…北原? 俺の顔になんかついてるか?」
間宮さんが不思議そうな表情でこちらを見る。
「あっ すいません」
慌てて目を逸らす。
***
会議室からデスクに戻ると、そこから佐々木さんと拓未が帰っていくのが見えた。
今はもうお昼の時間になっており、先輩方や後輩達がきゃっきゃっと騒ぎなから、窓から見える2人の姿を見ている。
「あの若い方の男の人かっこよくない?!」
「なんか、今度のフェアの提携先の代表らしいよ」
「じゃあこれからもこっちに来るのかな?!」
「来るんじゃない?でもあれだけイケメンだったら彼女いるでしょ」
「えぇー狙ってたのに」
みんなの好き放題は止まらない。
その人はダメだよ。と、心の中で呼びかける。
そんなことを考えながら、カバンからお弁当を出そうとする。
…あれ?お弁当がない。
今日は由香里がお弁当を作ってくれて、すごく楽しみにしてたのに。
絶対持ってきたのにな…
そう思いながら、カバンの中を探る。
そのうち、先輩方がくすくす笑いながら、こちらに声をかけてきた。
「北原さん、お弁当忘れたの?」
「それならさっきトイレに誰かのお弁当落ちてたよ。拾ってきて食べたら?」
「ふふっ、誰のだろうね」
色のない声。
浮かべた笑い。
馬鹿にしたような目線。
一瞬で、状況を把握する。
私は唇を噛み締め、トイレへ向かった。
ドアを一つずつ開け、中を確認していく。
1番奥の個室の便器で、見慣れた青い水玉模様を見つけた。
…社会人が、こんな子供じみたいじめ、する?
なんだかもう、なにがなんだかわからない。
私は夢中でそれを拾い、お弁当を出して、外面を水洗いした。
こういうのは慣れてる。これまでもなかったわけじゃない。
…でも、やっぱり辛い。
信じたくない。
いつから、私には味方がいなくなったんだろう。
自分の抑えられない苛立ちと、先発方の嫉妬を、同時に洗い流す気持ち。
自分の目の端っこに液体が現れる。
やばい、最近泣き虫だ。
こんなのに負けて泣くなんて、絶対したくない。
私はそんなことを考えながら数十分、その小さなお弁当を入れてあったバックを、丁寧に洗った。
