絶対、また彼を好きにはならない。

彼がもういなくなっていてほしい。
平穏な日常が戻ってきて欲しい。

そしてなにより、
もう傷つきたくないと、心が叫んだ。

お願いだから、お願いだから、と。

そう思いながら、家のドアを開けた。


部屋のあかりがついていたことに、少なからず絶望した。

私が靴を脱いだのと同時に、洗面所から、昨日と同じような状態で彼が出てきた。
相違点。
髪が濡れているのは雨のせいではなくて、うちのシャワーを浴びたからだということ。

「おかえりー」
また、当たり前であるかのようにそこにいる彼に、腹が立った。

「…なんでいるの」
彼に問いかける。
彼はタオルを肩にかけ自分の髪を拭きながら、だるそうに答える。
「なんでって……… 病人だから?」
少し語尾が上がる。

「帰れって…言ったでしょ」
「…うーん」

彼はそのまま私の方に来て、からかうように言った。
「ってか、もう上脱いでても驚かないんだね?慣れちゃった?」
おどけて笑う。

「帰れって言ったでしょって」
目を合わせずに言う。

彼は私の言動に少しだけ目を細めると、私の腕を思いっきり引いた。

「痛っ」
右腕がぴりぴりする。
彼はそのまま私を壁に追いやっておおいかぶさった。

挑発的な目で私を見つめる。
「なーんでそんな怒ってんの」
唇が、私のあと数センチ先で妖しく動く。

「怒ってない」
「じゃあなーんでそんなに冷たいの」
計算されたセリフに私はピシャリと言った。

「拓未」
その名前を呼ぶと、彼の黒目が大きく見開いた。
そしてそのあとまたうすらわらう。
「誰のこと?」
「とぼけないで」
私がきっと睨むと、彼は少し考えて、観念したように息をついた。

近距離での会話は終わらない。
「いつから気づいてたの?」
「今日会社で」
「…? あぁ、企画書か…」
彼はため息をつき、舌で唇を舐めた。

「俺は最初から気付いてたよ。」
落ち着いた口調で話す。
彼は饒舌だった。