さっき由香里と2人でみた月も、今は私を急かしているように見える。
最初はちゃんとおぶれていたのに、今では革靴を引きずるようになってしまって、なんだか申し訳ない。
しかし、それを差し引いてもこの人は軽い。
もともとの身長がそこまで高くはないのもあるのかもしれないが、男の人にしては細く、ちゃんと食べているのか気になってしまう。

街頭が私達2人を照らしているように感じる。
全く人がいないのが、逆に恐ろしく感じる。

店がアパートから近くて本当に良かったと思いながら、やっとの思いで彼とエレベーターに乗り4階のボタンを押す。

ドアが開き、右手で「開」ボタンを押しながら回るようにエレベーターから身体を出す。

いつもより自分の部屋が遠く感じるなか、やっと自分の部屋の前にたどりついた。

彼を一度たてかけるように下ろし、ついでに靴もぬがせた。
そして鍵を開け、玄関に靴を揃える。

もう一度彼を背負い、自分の部屋にはいる。
自分も靴をぬぎ、明かりをつけた。
やっと帰ることの出来た自分の部屋に、とても安心する。
はずだった。



そのとき。

「ひゃ」
私はつい叫び声をあげてしまった。

それまで私の背中で人形のように大人しく背負われていた彼がいきなり立ち上がり、油断していた私を玄関の壁におさえつけ、

唇を押し当てた。


「ちょっ、……」
逃れようとするが腕は強く壁に押し付けられていて離れることができない。
首を傾けようと下を向こうとしても、器用な彼にすぐすくいあげられてしまう。

感情のない、無機質なキス。
なのに気を持たなきゃ意識を奪われてしまうよな、理性のないキス。

そしてそのまま私の唇を割って舌がはいる。
お酒の匂いが私のなかに入ってきた。

「やめっ…てください!」
彼の力が弱まってきたところで思いっきり肩を押して離れる。

さっきのはどこかへ行ってしまったように、彼は反対側の壁にぶつかりそのまま座り込んだ。

思わず自分の唇を手で触る。

どき、どき。
無理やりされただけのキスなのに、胸がどきどきして止まない。
こわい。
なぜだかわからないけど、泣きそうになった。


彼がそのまま起き上がらないので近寄ると、彼の目尻から1滴涙が流れた。

「ぁ………や…」
一瞬、自分の名前を呼ばれたのかと思ってしまった。

彼の口からこぼれた言葉を拾おうと、しゃがみこんで耳を近づける。

「あや………か……」
彼は私ではなく、違う誰かを呼んでいた。

鼓動は、波打つのをやめなかった。