彼はこの大雨の中、傘もささず、雨の中にいる。
びしょ濡れになりながら、ただ座っている。
まるで、
まるで誰かを待っているように。

私は急いで彼に近づき、そっと傘に入れ、その場にしゃがみこんだ。

「あ…」
この距離でやっと認識することができた。
「さっきのあの人…」
お店で私にどんくさいと言ったあの人である。

濡れた黒髪は彼の白さを際立たせ、端正で色っぽい顔立ちは、天使にも悪魔にも見える。

着こなしたスーツは全身雨に濡れている。

「あの…すいません!」
声をかけてみるが、下を向いたまま、彼はぴくりともしない。
何より大粒の雨音が私の声をかき消す。
「大丈夫ですか」
少し肩を揺さぶってみるけど、起きる気配はない。

私は彼の肩に自分がさしていた傘をたてかけ、店の玄関まで走った。
しかし予想はしていたが店は閉まっており、鍵のありかを探すことすらできない。

寒い。ほんとに寒い。
…しょうがないから、今日は由香里の家に泊めてもらおう。
私はまた、自分の傘の元に走った。
もちろん彼が目覚めることは無い。

「酔っ払っちゃったのかな……」
でもこのままにしておいては確実に風邪を引いてしまう。

私はどうにかして、彼を由香里の部屋に運ぶことを決めた。由香里は怒るかもしれないけど、この寒さは異常であったので、とりあえず相談したかった。

彼を立ち上がらせるため、腕をとったときに初めて気づいた。

「…なんで?」
彼は私の家の鍵を握りしめていた。
一度彼を下ろし、その綺麗な手から鍵をはなす。
何度見ても、正真正銘私の家の鍵だった。
「…拾ってくれたのかな?」
私は勝手に納得することにする。

そしてそのまま彼を背負い、夜の雨の中、家路を急いだ。