「待ちなさいよ! 私の尊を返してよ!!」
「尊は……」
尊は私のモノだと何度も言いたくなった。だけど、偽りの関係に私のモノとは言えない。
尊とは本物の恋人でも婚約者でも妻でもないのだから。
運転手の待つ車へと急ぐと、私の後を追って江島さんもやって来た。
私の腕を掴むと引き寄せられ江島さんの手が私の頬へと直撃した。
「人の男を横取りするなんて最低な女よ。泥棒猫!! 尊を返してよ! 尊を返しなさいよ!」
江島さんの狂気に満ちた振るまいから必死に逃げようとした私だったが、彼女の辛い気持ちが一番よく理解出る私だから逃げられなかった。
彼女に叩かれた頬の痛みは私の悲しみと同じだ。
彼女の罵りは私の罵りでもある。
彼女は自分の悲しみも悔しさも新たな恋人へ怒りと共に吐き出すことができる。
彼女が羨ましく感じたのは、まだ、尊に捨てられたときの私の苦しい心がまだ残っているから。
「笹岡様!!」
運転手の声が聞こえてきた。だけど、何を言っているのか判らない。江島さんの悲しげな叫び声にかき消されてしまっていた。
私は受けた痛みは江島さんの悲しみだけでなく自分の悲しみでもあり私の捌け口でもあるような気がした。
「た、尊はずっと私だけを愛してたのよ! 私以外の女なんか尊は興味なかった! ずっと、ずっと尊の心には私しかいなかったのよ!! 尊が愛していたのはあなたじゃない、私よ! 笹岡絵里なのよ!」
私は自分の願望だと判りながらもそう言いたくて堪らなかった。尊に捨てられたと思いたくなかった。だから、江島さん相手にこれまで言いたくて言えなかった言葉を吐き出した。
私は尊に捨てられたのではないと。



