頷く私をしっかり抱き締めてくれた尊の胸の温もりについ甘えたくなった。
けれど、この温もりも偽りかと思うと涙が出そうになる。
偽りと知りながらも尊を愛するなんて愚かなことだと知りながら、それでも愛さずにはいられなかった。
あまりにも尊の偽りの愛が嬉しくて。
「絵里、疲れたんじゃないのか? 今日はもう帰って休んだ方がいい。運転手に連絡するから今日は家で休んでくれ。いいね?」
「分かったわ。尊がそれで安心できるならそうするわ」
私は尊には逆らってはいけない。まして、社員のいる前で恥をかかせてはいけない。
相手が森田さんならば特にそうだ。私達の結婚が娘だけのために執り行われると知られてはいけない。
一度デスクへ戻ると荷物を取りだすと、友美に今日はこれで早退することを話した。
詳しい話は今夜の仕事を終えた時にしたいから連絡が欲しいとだけ伝えて、私は営業課のフロアを立ち去った。
そして、尊の指示通りに私は運転手の待つ駐車場へと向かった。
すると、駐車場へ出る扉の手前の廊下で江島さんに呼び止められた。
今日は彼女一人で取り巻きの社員達はいなかった。
「あら、もうお帰りなの? 特別待遇の派遣社員さん」
「私に当たるより逃がしたくない恋人の心を繋ぎ止めることに精を出したがいいと思うわ」
「あなたに何がわかるのよ! 一方的に別れを告げられてどんなに悔しいか分かる?! あれだけ私を求めてくれたのよ。何度も朝まで愛し合った仲なのよ!」
そんな話は聞きたくない。尊と江島さんがどんな関係だったかなんて知りたくないのに。
これ以上江島さんの話を聞きたくなくて駐車場へと続く扉を開けた。



