「へぇー、左官工…?」


同僚の音無(おとなし)さんが、紙パックのジュースを一口飲んで聞く。


「左官さんて、謂わゆる壁塗り職人よね。塗装屋さんといった雰囲気が私にはあるけど……その人と何?一晩2人きりだったの?」


仙道さんやるぅ〜♪と節回しを付けて突かれた。


「止めてよ。単に向こうが出て行かなかったから仕方なく泊めてやっただけ」


あくまでも救済措置…と貫いた。


「え〜〜でも、男と2人きりだったのには違わないでしょう?やるじゃないの!」


同い年くらいの音無さんは家族持ち。

中学校の数学教師が旦那さんで、2歳半になる娘さんが1人いる。



「お母さんが亡くなってから初めてなんじゃない?誰かと2人…っていうの!」


「ええ、それはまあそうだけど…」


一晩限りのことだから今はもう夢のような感覚…と付け加えた。


「その人カッコ良かった?イケメンだった?」


「さあ……よく覚えてない」


若い子でもないのにそこを気にする音無さんはおかしい。


でも、本当は異様なまでに覚えている。


あの男の顔を。



「そのまま一緒に暮らしちゃえば良かったのに」


「嫌よ!身も知らない人となんて!」


「あら、そんなこと言ったら恋愛なんてできないわよ。最初は皆、知らない人から始まるんだから」


私たち夫婦も初対面から始まったのよ…と話す。


「でも、だからっていきなり人の家に泊まったりはしなかったでしょう?」


「それを言うなら、初対面ですき焼き振舞ったりもしなかった」


「うっ……」


痛いところを突く。