「悟の正装も素敵だよ。いつもと違うスーツも。ピアスはチャラいけど」


「今日はプライベートだから、いいんだよ」


「まさか、来てくれるなんて想わなかった」


「俺だって、来るつもりなんてなかった」




私たちの間には、昨日は確かになかった壁があるように感じた。

それは、脆くて壊れやすくて。


触れてしまえば、跡形もなくなってしまうようなもののような気がする。




「お前、まだ本城か?」


「まだ本城です」


「いつ、変わる?」


「二次会に行く前に、区役所に寄って行く」


「そうか」




悟は、右手を私に差し出した。

何がしたいのかわからず首を傾げて応えると、もう一度ぐっと手を伸ばした。


つまり、その手を掴めってことらしい。


何か言えばいいのに、と想いながらも、その手に自分の左手をそっと乗せる。

まるで、どこかのお姫様にでもなったかのように。



今日だけは。

幸せなお姫様でいてもいいような気がしていた。

真っ白なドレスに身を包んだ自分は、事実、物語から抜け出したようだった。




手を引いた悟は、私を椅子から立ちあがらせた。

今日はヒールのない靴を履いているので、悟よりも少し目線が低い。


初めて見下ろされている感覚に、少しだけ胸が苦しくなった。





すると悟は、私の前に突然跪いた。

私の左手をそっと引いて。

目の前の人が何をしているのか、全く理解出来なかった。



ただ私の左手を見つめながら、時間が止まったように感じていた。








「暁、好きだ」








悟はそう言って、私の左手の薬指にキスをした。