「大谷さんは好きな絵とかあります?」

「エビ足の少年、かな。」

「どういう絵なんですか?」


和泉はポットからゆっくり大谷と自分のカップにアールグレイを注ぐ。


「障害者の絵だよ。足が短い病気の。ホセ・デ・リベラが描いた絵なんだけどね、笑ってるんだ。物乞いの許可書と杖を持って、明るい空の下で笑ってる少年の絵だよ。」


あれは初めて見た時は衝撃的だった、と大谷は微笑みながら言う。


「今まで色々な美術展に行ってきたけど、あれは驚いたなぁ。」


どこまでも美しい女性や天使や神の絵。
どこまでも醜い人の性を描いた戦争や狂気の絵。
雄大な自然を描いた絵。
自分を吐露した抽象画。


「色んな絵を見て美しいなって思うことはよくあったけど、あれは良いなって思ったんだ。」


美しいとか綺麗とか、ここが好きとかそういうのは全部吹っ飛んで、ただ、ふっと、良いなって思えた。


「本当に理由なんか自分でも分からないんだけど、なんとなく、忘れられないんだよね。」


紅茶を口に含みながら大谷はそう言う。

ただ、ふっと良いなと思う。
なんだか似たようなフレーズを聞いたことがある気がする。
和泉はどこか夢見るような目をした大谷を見て、恋してるみたいだと思った。
理屈抜きで、気付いたら忘れられなくなっていて。


「なんだか惚気を聞いてるみたいです。」

「あはは、そう聞こえるのか。ん、でもまぁ、似たようなものなのかな。」


大谷がそう言うと窓の外へ視線を向けた。
和泉もつられて同じ方向を見る。

さわさわと揺れる木々の木漏れ日が大きく並べられた石畳の上に落ちている。


「なんで好きなのか、なぁ。あの笑顔がいいのかな。施しを受けないと生きていけないような社会的弱者なのに、あんなに屈託無く笑っているから、多分、」


大谷は口を噤む。
風が強く吹いて、葉が何枚も木々から離れていく。


「憧れるんだろうなぁ。俺だったらあんな風に笑えないだろうから。自分が惨めで、障害を恨みながら陰気に生きていくだろうな。」


口に含んだスコーンがほろほろと中で崩れていく。
美味しいな、と思いながら和泉は未だ夢の中にいるような大谷に声をかける。