気持ちを受け入れずに物だけ受け取るのは、そんなに悪いことなのか。
お互い了承の上で成立していた取引なのだから、第三者にとやかく言われたくない。
和泉の強烈な主張に寺田総馬は黙ったままだ。
反論しようとしてこなかったので和泉は踵を返し歩き出す。
折角の休日を寺田総馬なんかに潰されてたまるか。
数歩歩いたところで、ポツリと後ろで寺田総馬が呟いた言葉が聞こえた。
「それで、幸せなのか」
なんとも腹立たしいことを言う男だ。
和泉は思わず振り返り「幸せですよ」と当てつけるように言った。
これは価値観の違いでしかない。
自分の人生なのだから、何を一番に置いて生きたってその人の自由だろう。
ただの違いでしかないのだから、人に良いとか悪いとか言われるものではない。
今度こそ寺田総馬から離れるために早足で歩く。
和泉はそこでふと数年前に見た映画のことを思い出した。
プラダを着た悪魔。
完全にアンハサウェイのファッションを楽しむ目的で観たのだが、それよりも価値観の違いをまざまざと見せつけられた映画だ。
ファッション業界でどんな手を使ってでものし上がっていく上司と、自分の夢を追い続ける主人公。
和泉がこの映画で気に入ったところは、主人公が上司の価値観を完全に否定するのではなく、努力して期待に応え、違う価値観を知った上でそれでも私はこの生き方が良い、と選択したシナリオだ。
自分の世界には無かった考え方を鼻から拒否しない。
色々な価値観を知って、自分の生き方を選択していく。
世界には色々な人生があって良いのだな、と和泉は映画を見て思えた。
そう考えると、和泉も寺田総馬の価値観を知るように歩み寄るべきなのかもしれないと思ったが、面倒くさくてその考えをすぐに捨てた。
残念ながら和泉にはあの主人公のように、他者の考えを受け入れられるほどの器は備わっていなかった。


