レーザービームの王子様

「すみれの家は、こっから近い?」

「あ、えっと──」



答えかけたそのとき、一組の若いカップルとすれ違う。

そうして背後から聞こえた小声の会話に、私はぎくりと身体をこわばらせた。



「なあ、今のってウイングスの久我じゃね?」

「えー? あたし野球知らないし」

「絶対そう! しかも女連れ! ちょっと戻って写真撮るか?!」



え??! ま、まずい……!!


深く考える余裕はない。私はとっさに、久我さんの右手首を掴んでいた。

久我さんが驚くのが雰囲気で伝わる。それでも構わず、私は彼の手を引いたままその場から駆け出していた。



「は、ちょっ、なんだよすみれ……っ?!」



されるがままに引っぱられながら、久我さんが話しかけてくる。

けれどもいっぱいいっぱいな今の私。彼の言葉はまともに届かず、景色と一緒に流されていくだけだ。



「も、もうちょっと、せめてあの電柱あたり……っ」

「だから、なんなんだ一体……っ!」



ほとんど全力疾走で、ひたすら足を動かす。

途中、適当に角を曲がったから駅から離れてしまったことはわかったけど、それでも構わず走り続けた。


……しかし、所詮は運動不足のしがないOLだ。ほどなくして限界は訪れ、ふらふらと立ち止まる。



「はあ、はあ……っ」

「はー……ったく、どうしたんだよ、急に走り出して」



ひざに手をついて荒く呼吸を整える私に対し、久我さんはひとつ深呼吸をしただけでケロッとしている。

呆れ顔でこちらを見下ろす彼を、うらめしげに睨んだ。



「ず、ずるい、あんなに走ったのにそんなふつーとか……っ」

「ずるいって……アスリートなめんなっつの」



苦笑して、久我さんが身を屈める。

そのまま私の背中をやさしくさすり始めたから、ただでさえうるさい心臓がドキッと大きく鳴った。