ちょっと、待って。

久我さんの、この反応──……『え? なんでおまえがここに?』って、感じですけど。


まさか。まさかだけど、久我さん……私のこと、酔っ払って誰かと間違えてた?

……いや。でもさっき、「すみれ」ってたしかに呼んでたし。

てことはつまり──ダイナミックに寝ぼけて、無意識にあんなことしてたってこと??



「………」



ぷっつーん。

私の中で、何かがキレた。


未だ狼狽している様子の久我さんを見上げ、にっこり笑顔を浮かべる。

その顔のまま、可憐に小首をかしげてみせた。



「久我さん、明日、アクアスタジアムでナイターですよね?」

「え? あ、まあ、うん」



私の唐突な質問に面食らいつつも、彼は答える。


そう。明日の夜はウィングスのビジターの試合。

風が強くて有名なスタジアムで行われるそれは、いつも以上に守備の面で気を張っているだろうけど。



「とりあえず、さっき私にしたことの代償として──……明日久我さんが凡フライ落としておもっきし恥かくよう、野球の神様に祈っておきますね?」



最後まであざとい笑顔を意識したまま、私は淡々と言い放った。

試合に負けろ、とまでは祈らないでおくあたりに、すみれ様の優しさを感じるがいい。


見る間に青ざめて絶句する久我さんは放置し、さっさと背を向けてドアノブを回す。

ようやく我に返ったらしい彼がこちらへ手を伸ばしかけたのが見えたけど、構わず廊下に出て躊躇いなくドアを閉めた。