「あ、ほんとに来た」



いたって軽い調子で放たれたその言葉に、俺は深く被ったキャップの影でこめかみに青筋を浮かべてしまうのを禁じえなかった。

今俺の目の前にいるのは、つい数ヶ月ほど前晴れて想いが通じ合ったばかりの恋人──と、長年幼なじみをやっているらしい男。

うん、それはまあいい。というか付き合いの長さは仕方ない。大事なのはこの男からされた告白を断り、すみれが俺を選んでくれたという事実だ。


……けど。



「てめー尾形……すみれの頭を撫でてるその手を今すぐ離しやがれ」

「あ? いいだろ別にすみれ嫌がってないし」

「嫌がるも何も完全に寝てんだろうが。いいから離せっつーの!」



言いながら、痺れを切らして無理やりその手を退かした。

「年俸億越えプレーヤーのくせに器はちっさいな」なんてつぶやきが聞こえて来たけど、とりあえず無視。うるさい年俸は関係ない。

傍らでこんなやり取りをしていても、すみれはカウンター席に突っ伏してのん気に夢の中だ。いくらここが馴染みの【むつみ屋】とはいえ、ちょっと無防備すぎだろ。



「つーかほんと、プロ野球選手のオフシーズンって暇なのな? まっさかこんなすぐ飛んで来るとは思わなかったわ」



ため息混じりに言って、すみれの隣りの椅子で脚を組む尾形。

嫌味たっぷりのセリフに、思わず頬を引きつらせる。



「そりゃあなあ……いきなり大事な彼女からあんなメッセージ来れば、普通の彼氏は飛んで来るだろーよ」

「あっそう」



わざと『彼氏』という単語を強調して言ったけれど、目の前の男は多少堪えているのか本当に気にしていないのか、まったく考えが読めない表情でただうっすら笑っている。


あー、嫌い。この男、マジで嫌い。

改めて心の中に刻み込みながら、思わず舌打ちしそうになるのをなんとか耐えた。