軽くくちびるを重ねてから、至近距離で見つめあって互いに笑みをこぼした。

名残惜しいけれど、本格的に練習時間が迫っている。気合いを入れて彼女から離れるが、出入り口の引き戸に手をかけつつ後ろ髪ひかれる思いで再び後ろを振り返った。

そんな俺に、彼女はまた笑って。



「今日も、活躍期待してるよ。──がんばれ、泣き虫外野手くん」

「──ッ、」



思わず、言葉を失った。

俺の様子に、すみれが不思議そうに小首をかしげる。


……あの夏の球場での話は、恥ずかしさのあまり結局今日まで彼女に教えることはできていなくて。

だけど今、何も知らないはずの彼女はあの日と同じ言葉で、俺を励ましてくれている。あのときと同じ、花のような笑顔で。



「尚人くん?」



固まる俺に目をまたたかせて、名前を呼んでくれる。


……すみれはやっぱり、“スミレ”のままだった。

昔も今も、そしてきっとこれからも──ずっと、俺の背中を押してくれるのだろう。



「……俺今なら、特大のホームラン打てそうな気分」

「んー? ふふふ。それはよかった」



──その日のナイター。

決勝ホームランを放った俺は試合後満員の観客に見守られながらお立ち台に上がり、ファンたちに娘の誕生を報告することになる。










/END
2016/06/23