10年前のあの日。どしゃ降りの雨の中執り行われた、お兄ちゃんのお通夜に。

彼──久我さんは、ひとりで現れた。


お通夜が行われたのは、当時同居していた母方のおばあちゃんの家の和室。

式自体は滞りなく終わり、私たち家族は会場になっていた和室で、ひっきりなしにやって来る参列者たちの対応をしていた。

といっても、私は当時まだ中学3年生。挨拶をされても知らない人が多かったし、何より疲弊しきって到底誰かと話す気分にはなれなかった。


……形だけの挨拶なんてもういいから、早くお兄ちゃんと私たち家族だけにしてくれたらいいのに。

あのとき、ひたすらお母さんたちの影に隠れるようにじっと正座をしていた私は、そんな無礼なことを考えていた。


泣き続けたまぶたは腫れぼったくて重いし、頭もぼーっとする。

全身が熱を持っているようにだるくて、指先を動かすことさえ億劫だ。


……早く。

早くこんな悪い夢、醒めてくれればいいのに。



「この度は……ご愁傷様です」



また、新しい人が挨拶に来た。

ずいぶん声が若いな、と思って久しぶりに顔を上げると、そこにいたのはお兄ちゃんと同じ学校の制服を来た男の子だ。

……この人も、野球部の人?



「俺は、久我といいます。……橙李さんとは、同じ野球部でした」

「まあ……わざわざ、ありがとうね」



顔を覗き込むようにして礼を言うお母さんに、彼は小さく首を振って「いえ、」とつぶやいた。



「橙李さんは、みんなに慕われるすごい人でした。ひとつ下の俺にも、野球部ですごく良くしてくれて……」



私たちの前で正座し、うつむきがちにぽつぽつと語る“クガ”さん。

その途中、ぐっと下くちびるを噛んで、言葉を詰まらせる。