激しい雨が地面を打つ音。すべてがモノクロに見えた世界。

むせかえるような線香のかおりに酔いながら、うまく呼吸ができなかった“あの日”。



『俺の、せいなんです』



砂嵐のように聴覚を支配する雨の音に混じって、少年のか細い声が聞こえる。

目の前にはブレザー姿の男の子。まだ身体の線が細い……橙李お兄ちゃんと同じ宮ノ森高校、の?


──ああ、そうだ。

あの日。……お兄ちゃんのお葬式に、“彼”は姿を見せていた。



「……ッ、」



指先が、震える。

手からすべり落ちたスマホから、お母さんの声が遠く聞こえた。

テレビの中の久我さんがトレーナーに付き添われてベンチの奥に消える様子を、涙でにじむ視界からただ呆然と見つめる。


……どうして、忘れていたんだろう。


強い風が吹いたように。記憶にかかっていたもやが、晴れていく。

それと同時に悲しみや切なさ、どうしようもない自責の念がごちゃまぜになって、胸の中に広がった。



『久我選手って、父親がスター製薬の社長なんだって! てことはつまり、本来は御曹司ってことでしょ?!』

『なんで素直に親の会社継がないで、成功するかもわからないプロ野球選手を選んだのかね』

『久我さんはお父さんから、会社を継いで欲しいって言われなかったんですか?』



頭の片隅に引っかかっていた、あの疑問の正体を。

どうして、私は。



『昔は、あたりまえのように父親の跡を継ぐもんなんだろうなって思ってた』

『でも、高2のときにプロ野球選手になろうって決めた。……ならなきゃいけない、理由ができた』



彼が、進むべき道を決めた理由。

そこに進まざるをえなかった理由を──私だけは、忘れてはいけなかったのに。



『──……じゃあ、』



涙に濡れた、“あの日”の自分の声が聞こえる。

やめて、といくら胸の中で叫んでも、幼かった過去の自分にはもう届かない。


セーラー服のスカートを握りしめ、息を吸う。

そして、彼に突きつけた。その言葉が、どれだけ相手の重荷になるかも知らないで。



『そんなに償いたいなら……っお兄ちゃんの代わりに、あなたがプロ野球選手になってよ……!!』



──……私の、せいだ。

彼の未来を狭め、自由を奪ってしまったのは──私、だったんだ。