「…誰も見てない?」
「…見てないよ、みんな寝てる」
「…先生は?」
「…教科書読んでる」
「…ホント?」
「うん」
ヨーロッパ史の授業中に、ひそひそと交わされる会話。
突っ伏して寝ているクラスメート達と、閉じられたカーテンから漏れてくる陽光。
遠い黒板の下で初老の教師が、何かを熱心に読み上げている。
二つくっつけられた机、
気だるい午後の授業、
教科書に隠れて、キスをした。
頬に添えられた指先が冷たくて、自分の頬の熱さを知る。
恋人としての、初めてのキス。
少しだけ、苦しいと感じた。
胸が痛くて、
心が、しびれて。
唇を離して見つめ合った後に、照れたようにクリスが顔を背けるから、
私も思わず両手で、頬をおさえてしまう。
「好きだよ」
「うん、私も」
“クリスが、好き”
不器用な告白も、目を合わせられないくらい上ずった心も、
涙が滲んでくるくらいの幸福感も充足感も。
透き通る瞳に見つめられると、何も言えなくなってしまうよ。
こんなに胸を焦がす想いなんて、二度と出来ないと思ってた。
あの日から、あの秋の日から、自分は永遠に一人なんだと勝手に殻に閉じこもって。
悲しいことも辛いことも、分かち合える人がいる。
眠れない夜に、心ごと寄り添ってくれる人がいる。
そのことがどんなに尊いことか、どんなに幸せなことか。
私はようやく、辿り着けたんだ――――

