でもやっぱり、私に付き合ってほとんど寝ていない藤咲を、ソファに寝かすのは申し訳ない。

ここに来たのは、たしか…私が一緒に寝ようって言ったからだったよね…それなら…


「…藤咲?」

「ん?」

「私、大丈夫だよ。」


「何が?」

「…ベッド。」

「ベッド?」


「そこじゃ狭いし、寒いだろうから…こっちで…一緒に寝よ。」


…言えた…。

心臓が爆発しそうだ。


同じ言葉なのに、シラフだとこんなに勇気がいるなんて。

「バーカ、その話はとっくに無効。免疫ないくせに無理すんな。」


ドンとおっきな壁が、ソファとベッドの間に降りた。

あ…そ、そうだよね。


いい女どころか、失態続きの私なんかが言っても、そりゃそうだよ。


地味で頭でっかちで、何にも知らないつまんない女と寝るより、ソファで寝るほうが絶対いいよね。


…そうだ、そうだよ。


私、なに言ってんだろ。


そんなのずっと前からわかってたことじゃない。


ほんとバカ。

「もう俺に気をつかうな。」


…気を使うな…か。


そうだよね…こんなつまんない女に気を使われても迷惑だよね。


そう言われたら、もう何にも言えない。

とっても気になっても、もう何にもできない。


八方塞がりなこの感じ、高校卒業したあとに、好きだって気づいたときに似ている。

頭の中は藤咲でいっぱいなのに、なんにもできない虚しさに。


薄暗い部屋の中に、規則正しい寝息が聞こえ始めた。


眠れない私とは対照的に、藤咲は眠ったみたい。

エアコンが時折ブーンと唸る。


酔いがさめた私には、この部屋はだいぶ涼しく感じた。


…風邪ひかないかな…

藤咲、裸だったような…


『俺に気を使うな。』


わかってるけど、ごめん…布団だけ…。

自分のしたことが少しずつ思い出されてくると同時に、それに付き合ってくれた藤咲に胸がいっぱいになる。


私は、布団を持ってベッドから降りると、藤咲のいるソファーに歩いていった。


…藤咲、寝てる…。


手を頭の下に置き、長い脚を持て余すように折りたたんで横になっている。


私は持っていた布団をそっとかけながら、ゴメンネと呟いた。


「…気を使うなって言っただろ?」



えっ?


…藤咲、起きた!


「あ、ご、ごめん。」


咄嗟に謝るしかない。


余計なことして、せっかく寝ていた藤咲を起こしてしまった。



「…布団なんかいらねーし。」


「あ…そうだよね…ほんとにごめん。」


私は、自分の情けなさに項垂れる。

これじゃ、ただの迷惑女だ。


「あのね?こういうとき、いい女なら、布団なんかかけないんだよ?」


「…そ、そうだよね…私、全然わかんなくて…こんな時、いい女なら…?」



「いい女なら…

藤咲は、布団を剥いで上半身を起こし、口角をきゅっと上げて私に言った。



「抱きしめる。」


な、ななな?

「だ、誰が?」


「お前が。」


「誰を?」


「俺を。」



私が藤咲を抱きしめる?

あまりに驚きすぎて、心臓が身体から飛び出て、地球一周して戻ってきた。


「…ふふふっ、なんだよその顔。
夏川って、昔っから変わんねーな…ほんっとにからかいがいのあるや…つ…



私は、藤咲を抱きしめた。


「こ、こう?」


ふざけんなって、突き飛ばされるかもしれない…。

それでも、ギュッと目をつぶって抱きしめた。



「…もっと強く。」



えっ?もっと?


私は、歯を食いしばって、ギュッと力を込める。



「それじゃ、痛てーよ。
あのな…ただギュッとすりゃいいってもんじゃねーんだよ。自分にぴったりハマる場所があるだろ?だから、こっちの手は俺の頭に…うん、そう…で、こっちの手は、もっと俺の…うん…それで、力入れろ…


あー、下手くそ!っとに、何も知らねーんだから!

こうすんだよっ!」





…っ!



藤咲が、私を抱きしめた。

その一瞬、何にも聞こえなくなる。



「ほら、こうしたら、ぴったりハマる。」




身体全部が藤咲に包まれて、息もできないくらいに苦しい。

溢れる想いが涙になって、ふわっと目からこぼれていく。




「なんだよ…泣くほどイヤか?」




答えられない。


いま口を開けたら好きって言ってしまいそうだ。




「…ごめん、ふざけすぎた。」



藤咲の腕が緩んで、私は解放された。



「お前がいけないんだからな、むやみに俺に触るからだ。せっかく離れてやってんのに。」




私は何も言えないでいる。


想いがこぼれそうで、どうしたらいいかわからない。



「こらっ!黙ってないで、なんか言え!」



藤咲は、私の頭をグリグリっとかき混ぜて、髪をひと束握って引っ張った。




「なーつーかーわー。」


ニカッと笑えば、おっきな八重歯が顔をのぞかせる。


あの頃の藤咲がそこにいた。


「…痛いよ…バカ…。」



今なら言えるかも知れない、あの頃は気付かなくて言えなかった気持ちを。