「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ」




「…鳴ってる。」


「…だね。」


「…もう起きなきゃ。」


「…だね。」


「…この手、どけてよ。」



「…やだ。」



私専属のなんでも屋さんは、わがままです。


今朝もグダグダ言っています。






あの日、告白できたのは、おばあちゃんが私の背中を押してくれたから。


藤咲と私の時間が重なってから3ヶ月。



変わらず幸せ。

変わらず泣き虫。



想いが通じ合った朝、改めて夜に会うことを約束して解散。



今度はもちろんシラフで、そして健全な場所で仕切り直ししようってことで、駅前のカフェで待ち合わせ。


待ち合わせより30分遅れてきた藤咲は、おっきな花束を抱えていた。




『俺と付き合ってください。』



花束付きのベタな告白を受けて、嬉し恥ずかしの交際がスタート。


なんで花束なのって聞いたら、おばあちゃんがすごく喜んでくれたのを思い出したんだって。



藤咲の心の中にも、私のおばあちゃんがいるって、なんだか不思議。



『夏川の「初めて」は、全部俺が引き受けたから。』



そう言って藤咲は、手を出した。



『まずは、手ぇつなごっか。』



大好きな人の手を、初めて握る。

これだけでもドキドキして、胸が痛い。



『そうつなぐんじゃなくて…こうな?』



藤咲は、指の間に指を絡めてつなぎ直した。


『ただし、このつなぎ方は俺限定だから。』



藤咲は、私の手も心もぎゅっと握った。



『もっとこっち。』



自転車が来たり、ちょっと遅れたりすると、手を引っ張ってくれる。


こんな藤咲、知らなかったなって、新たな藤咲を見つけるたびにキュンとなる。



だから私の胸は、さっきからずっとキュンキュンしっぱなし。



『大丈夫か?』



頷けば笑顔で返してくれる。
見上げると藤咲がいる。


それだけでぎゅっと感動して、泣きそうになってしまう。



『…健全な場所で仕切り直すって約束だったけど…やっぱりもっと、夏川と一緒にいたい。』




駅に着いて、藤咲が呟いた。

つないだ手は、なかなか離れない。




『行くなよ。』



そんな顔で言われたら、帰れるわけがない。


で、結局また不健全な場所に舞い戻る。

ただし、今度はシティホテルの高層階。




部屋の前で、藤咲が言った。


『いきなり初日から襲ったりしねーから、そんなに警戒すんな。』


言い当てられて、ドキリとする。

私、そんなに警戒してた?


『朝起きた時に、最初に夏川の顔が見たいだけだから。』



部屋に入ると、正面に大きな窓。

思わず走り寄って、窓に張り付いた。




…うわあ…綺麗…



こんな部屋、一生来ることはないって思ってたのに。




『夏川。』


背後から藤咲の声。


『ん?』


『嫌だったら嫌って言っていいからな。』



『…ん?』


『抱きしめていい?』



私が、夜景を見ながら頷くと、


『こっち、向いて。』って藤咲が言う。


恥ずかしいからこのままで…と私が言えば、


『これで恥ずかしいなんて言うなよ。これからもっと恥ずかしいことするんだぜ?』って、からかう藤咲。



冗談だってわかっていても、身体にボッと火がついたように熱くなる。


藤咲は、からかった時の私の反応が好きだっていう。


昔からずっと、私の困ったような怒ったような顔を見るのが楽しかったって。


私にしたら、何がいいんだかさっぱりわかんないけど。



『ほら、その顔、めちゃくちゃ色っぽい。』



そう言って私の顔を覗き込む藤咲は、白い八重歯を見せながら、いたずらに微笑んだ。



『耳まで真っ赤になってさ。なに想像してんだよ、この頭でっかちーん。』



こいつ、調子に乗ってる。


こういう時は、昔から無言でパンチ。
右手を藤咲の腹にグイッとねじ込む。



『あっ、触ったのは、お前の方だからな。もう知らねーぞ!』



藤咲が、それを掴んで引っ張ると、私の身体は反転し、ぽすんと藤咲の胸におさまった。



『いらっしゃい。』


ゆるく私を抱きしめたあとに一呼吸。
次に息をする時には、強く私を引き寄せた。


こういうの、たまんない。


子供みたいにふざけていたかと思えば、突然大人な男に変わる。



『俺の背中に、手、回して。』


言われるままに手を回せば、一層身体がくっついてこのまま同化してしまいそう。



『…夏川…。』


藤咲の息がかかる。
身体がオーバーヒートしそうだ。




『…好きだよ、ずっと一緒にいような。』



藤咲は、私の涙のボタンの場所を知っている。


しゃくりあげるほど泣く私を、藤咲は優しく抱きしめてくれた。



『夏川って、ほんとは泣き虫だったんだな。』




涙は、藤咲の手を伝って落ちていく。

こんなに泣くのは藤咲の前だけだよって言えば、


『俺だけの夏川をもっと見せて。』って耳元で甘く囁く。



身体の芯がビリビリして、うーーーーって力が入る。


指先の震えを隠すように、藤咲の背中をぎゅっと掴んだ。




『ふふふ、夏川、可愛すぎる。
ごめん、いじわるしてごめん。


大丈夫だよ。俺、これ以上は何にもしないから。風呂、行っといで。』



ふわっと私を解放すると、藤咲はベッドにダイブして私に手を振った。



「藤咲のバカ!」



『あれ?やめてほしくなかったの?』


「違う!バカバカ!エロジジイ!」


私は、身体の熱を冷やそうと、バスルームに向かった。


頭からシャワーを浴びながら、カフェでの会話を思い出す。






昨夜、「一緒に寝たい」と私が言ったってのは、半分正解で半分ウソ。


酔いつぶれて「家に帰って寝たい」と言ったのを、藤咲がアレンジしたらしい。


でも、家なんか知らないし、まだちゃんと話しができていないから、帰したくなかったと。


そうこうするうちに、あの場であの会話になってああなったとか。



とは言え、そういう場所に連れ込んだこと、悪かったって謝られた。



からかってばかりでムカつくけど、そういうとこ律儀で…


おばあちゃんの約束もちゃんと守ってさ…




ダメだ…やっぱり好き。

怒りさえも、好きには勝てない。



部屋に戻ると、藤咲が私を呼んだ。




『おいで。』


戸惑いながらも近づくと、


『だから、まだ何にもしないから、心配すんな。』


って、優しく微笑む。



『ほら、来いよ。』


私は、両手を広げる藤咲にそっと身体を委ねた。




『ぎゅっとしていいか?』


『…うん。』


藤咲にぎゅっとされながら、昨日できなかったいろんな話をした。


今までのこと、これからのこと。



『…病院にさ、夏川のばあちゃんと同じ病気の患者さんがいるんだ。
…なんでこんなに文明が発達してんのに、薬がないんだろうな…なんか俺、何もできなくて悔しいよ。』



この言葉が、今の私を方向付けた。

一度無くした想いが蘇る。








あれから3ヶ月。


私は、藤咲のおかげで、新たな目標に向かって邁進中。


もう一度大学に通って薬の研究をしたい、おばあちゃんの分まで、病気で困っている人を治したいと、来秋の編入試験に向けて勉強を始めていた。


藤咲は、そんな私を助けると言って、仕事が終わるとうちに来る。



そのくせ、いつの間にか隣で寝ている。


私は、その寝顔の横で、朝方まで勉強をする毎日。




今日も藤咲が、私の腰に手を回して眠っている。





「ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ」


「起きる時間だよ。」



「…だな。」


「仕事行かなきゃ。」


「…だな。」


「もう!キスするから起きて!」


「マジで?」



藤咲は、ガバッと起き上がる。


「ウソ。」


「なんだよ、起きて損したじゃねーか。
ったく、いくらなんでも、合格するまでキスもお預けってなんだよ…ガキじゃあるめー……し…


……っ‼︎



「…私からするのは、お預けじゃないから。
さ、起きて。
仕事仕事。」



「ん?あ、ああ仕事仕事…ってか、もう一回、もっとぶちゅーってやつ。」


「うるさい、アホ!近づくな!早く着替えろっ!」



「なーつーかーわー!」




あの頃は、想像もしていなかった幸せが、今、私の目の前に。


あなたと一緒なら、どんなことでも乗り越えていける気がするよ。




大好きだよ、藤咲。

これからも、ずっと一緒にいようね。








end