「千穂はこうも言ってた。自分が何か言われるのはいい、けど春泉くんやヤナセさんが傷付くのは嫌だって」
そうか。だからおれたちに関わらないようにって、今までと違う態度を取っていたんだ。
言ってくれたら良かったのに。
おれじゃあ何の役にも立たないかもしれないけれど、そんなの関係ないよって励ますくらいはできたはずだ。
「昨日はごめんね、嫌味言っちゃって」
「あ、いえ……」
やっぱりあれは嫌味だったのか……。
「千穂に振られて、しかも気になるひとがいたなんてカミングアウトされて、年甲斐もなくむしゃくしゃしていたのかもしれないな」
「そうなんですか……。ええっ、気になるひと!?」
江口さんはコーヒーを啜って爽やかに笑った。
むしゃくしゃしていたと言うわりに、この人はいつも爽やかだ。
「それって、千穂ちゃんの好きなひとってことですよね。聞いてもいいですか?」
「名前は聞いてないけど、俺の予想ではヤナセさんって男で間違いない」
「えっ!」
身体のなかに、電流が流れたかと思った。
おれが思い描いていたことが、まさか現実になろうとは、って感じだった。けど。
「でもあくまでも千穂のなかでは、気になるひとが、いた、だから。過去形なんだよ」
「諦めちゃったってことですか?」
「昨日も役者だ一般人だとごちゃごちゃ言ってたから、そう言ってるうちは完全に諦めたってわけではないと思うんだけどね」
「そっか……。千穂ちゃんが、友ちゃんを……」
正直嬉しい。
嬉しいんだけど、千穂ちゃんは真面目だから、おれたちと必要以上に関わらないと決めたのなら、ずっとそうしていくのかもしれない。
「ごちゃごちゃ言ってる千穂を説得できるのは、ヤナセさんだけかもしれないね。ヤナセさんが役者も一般人も関係ないって言ってやれたら、千穂も納得するかも」
「あ、いや、でも、何日か前にその件で大喧嘩しちゃって……」
「そうなの? 千穂も頑固だねぇ」
江口さんは可笑しそうに、あははと声を出して笑った。
「春泉くん、言ったよね」
「え?」
「千穂の先輩として力になるよって」
その笑顔はやっぱり爽やかだった。



