名前もないあの感情を抜きに考えても、僕と彼女は、もともとは同じ生命体だったのではないだろうかと思う。だから僕は彼女の顔を見た瞬間に、彼女とは出会わないはずだった、出会ってはいけなかったと感じたのだろう。そのときに僕の意識がそうさせたのかどうかはわからないけれど、意識的だったとしても無意識的だったとしても僕がそう感じたのは紛れもない事実なのだ。まあそんなことを言っても、もう出会ってしまったのだからどうにもならないのは確かなのだろうけれど。


かすかに彼女の声が聞こえた。それと同時に、もぞもぞと布団が動く音も。それが彼女のお目覚めの合図なのだろう。なんとなく、そのまま布団に飲み込まれそうに見えたし、今にも消えてしまいそうにも見えた。


「やあ」


彼女の存在を、そして〈僕〉の存在を確かめるように僕は言った。


僕の声に反応した彼女はこちらを向き、そして無表情のまま僕を睨んだ。キッと鋭いわけでもなく、他の人間からしたらただ僕を見つめているようにしか見えないのだろうけれど、相手は〈僕〉だ。僕にはわかる。その瞳はどうやら僕を責めていることを表しているようだった。


どうして助けたんだ。どうして死なせてくれなかったんだ。


彼女の瞳は今、そう言っている。この瞳の訴えに、僕は答えるべきだと思った。僕のきまぐれな散歩さえなければ、彼女は死ぬことができていたのだから。


「そんなに睨むなよ。あれは不可抗力だったんだ」


そうだ。あれは不可抗力だった。確かにあのとき、彼女が何かを言っていたのはわかった。でも何を言っているかなんてわからなかった。それ以前に、あの遮断機の間に彼女がいた理由が死だなんて、彼女本人に聞かなければわかるはずもない。聞くよりも前に足が動いていた。そしてその結果、間に合った。そして彼女は助かった。いや、違う。死ねなかったのだ、彼女は。僕のせいで。


「あなたは死なせてくれなかった。あなたは私に死ぬことを許さなかった」


彼女から出てくるのは、僕に対しての怒りだけだ。不可抗力さえも、彼女にとっては余計なものだったらしい。


「君が死にたがっていることを知っていたなら僕だって止めなかった」


「嘘」


それでも彼女は信じてくれない。


「あなたの目は、死を否定している。私が死にたいと言ったって、あなたは必ず止めに来る。そうでしょう?」