彼女は、もう一人の〈僕〉なのだと。


それも、おそらくは〈最悪〉と言っても過言ではないような時間を過ごしてきた〈僕〉なのだと。


生き写しなんてものじゃない。ましてや双子なんかでもない。この子は確実に〈僕〉だ。


「君は、死んでしまおうと思ったことはある?」


なんてことを聞き出そうとしているのだろうと自分でも思ったけれど、そう確信してしまった僕はどうしても聞きたかった。彼女にとっては最も答えたくないであろうことなのはちゃんとわかっている。でも、彼女はもう一人の〈僕〉だから。そんなことが正当な理由にはならないのだろうけれど、でも、やっぱり。


もう一人の〈僕〉が何を見て、何を感じ、どう生きてきたか。知りたくなってしまうのは、仕方がないと思う。たぶんそれだけが理由ではないということはなんとなく気がついているのだけれど、今それを認めるのはなんだか躊躇してしまうから、今のうちはそれだけということにしておく。


「それしか考えていませんと言ったら、どうするんですか」


彼女が言った。こんな風に質問で返してくるということは、きっとそれが彼女の答えなのだろう。


「別に何も」


僕は言う。


「君は僕とは違う世界にいたんだなって思っただけ」


彼女には、死という選択肢が常に心の中に張り付いていた。でも僕はまるで違った。そんな道を選ぶなんて言う考え自体が僕の中にはなかったし、だからもちろん死という選択肢もなかった。周囲のばかなやつらを見下すことで、そしてこの中で一番優れているのは僕だと思うことで、僕は死というものを自分の体の中から消し去った。


「あなたはよほど幸せな人なんですね」


彼女のその言葉は皮肉にも聞こえたが、皮肉そのもののことは気にしなかった。


「それは違う」


僕はすぐさま否定した。


彼女はとんでもない勘違いをしている。僕は幸せな人なんかじゃない。幸せ者だったら、今の僕はこんなところにいないはずなのだ。小学生や中学生だったころに僕をいじめていたやつらや高校生の頃に僕の陰口を叩いては愉しそうに笑っていたやつらのような、もっとまともな大人になっていたはずなのだ。


とはいえ、あいつらがばかなのは本当だ。決して人間的に素晴らしいと言っているわけではない。ただ、今の僕のニートぶりに比べれば、あるいは僕の改善する手段もない価値観や思考に比べれば、やつらはずっと人間らしい生活をしているに違いないということだ。だから、死のうと思わなかったことと幸せな時間を過ごしてきたことをイコールで結んではいけないのだ。