パドックで会いましょう

ねえさんは離していた僕の腕をまた掴んだ。

「もう少ししたらレース始まるわ。アンチャンはアタシとゴール前に行こか。」

ねえさんに手を引かれながら、人混みの中を歩いた。

春の暖かな風がねえさんの香りを運び、僕の鼻孔をくすぐる。

コロンか何かつけているのかな。

それともシャンプーの香り?

それはむせかえるような強すぎる香りではなくて、ふんわりとほのかに香る。

満員電車の中で主張し合う、強すぎる香水や柔軟剤の香りとはまったく違う。

ねえさんから香る大人の女の人の香りにクラクラして、抱きしめたい衝動に駆られてしまいそうだ。


「おっ、ラッキーやん、ええ場所あったわ。」

ねえさんが突然立ち止まるので、僕は止まりきれず、ねえさんの背中にぶつかってしまった。

その拍子に、ねえさんの華奢な体がグラリとよろめく。

「うわっ!」

「ああっ!」

僕は咄嗟にねえさんの体を支えようと手を伸ばしたけれど、間に合わなかった。

ねえさんは転ぶ寸前、自力で踏ん張って体勢を建て直す。

「危ないなぁ、もうちょっとでこけるとこやった。」

「ごっ、ごめんなさい!」

女の人一人も支えられないなんて、本当に情けない。

こんな時、先輩みたいな背の高いイケメンならさりげなく片手で抱き止めたりするんだろう。

伸びなかった身長が恨めしい。

せめてもう少したくましくなれるように、筋トレでも始めてみようか。