パドックで会いましょう

「なあ、アンチャン…。」

「なんですか?梅も食べますか?」

「いや…酸っぱいのは苦手や。」

「そうですか?じゃあ僕が食べますね。」

梅おにぎりの封を開けて口に入れた。

おじさんはお茶を一口飲んで、手元をじっと見つめた。

そして思い詰めたような顔つきで、おもむろに口を開いた。


「アンチャン…俺な、もう長くないねん。」


「……え?」




古びた窓の外には、いつの間にか雨が降りだしていた。

雨粒は窓ガラスを激しく叩く。

夕立だろうか。

僕は腕時計を見て、ため息をついた。

最終レースは重馬場かな。

すぐに止めばいいんだけれど。


おじさんは静かに寝息をたてている。


窓を伝う雨粒のように、僕の頬を、いくつもの温かいしずくが滑り落ちていく。


「明日は晴れるといいな。」


僕の空々しい独り言は、窓を叩く激しい雨音にかき消された。