私は何も言わず、黙り込んだ。

こんな分かりやすい嘘をつかれて、坂瀬くんが何も言いたくないのが分かったから。


「遊佐さん、今日遅かったんだね。部活?」

「...ううん、週番の仕事」

「あぁ、今週は遊佐さんなのか。大変だな」


坂瀬くんの薄笑いに、私も曖昧に頷いた。

坂瀬くんの薄笑いは、いつも以上に無理がある。
それは、坂瀬くんの顔の傷のせいだろう。

その傷の一つから、血が流れていた。


「坂瀬くん、血、出てるよ」


そう言うと、坂瀬くんは頬を拭う。

その血は広がって、坂瀬くんの手にも付いた。


「...血なんて、出てないよ」


手の血を確認したにも関わらず、坂瀬くんはそう言って私に笑顔を向けた。

私はその表情を見て思わず顔をしかめる。

どうしても、そういうことにしたいみたいだ。
怪我なんてしていない。
そんな、無理のある設定にしたいらしいのだ。


「...そっか」

「うん。じゃあ、またね」


坂瀬くんは私に背を向けて、横断歩道を歩いていく。
何人かの人が歩いていく横断歩道の信号は、青を示していた。