放課後。
私は帰る準備をしていた。

教室にはもう数名しかおらず、その数名も教室を出て行こうとしていて、残るは私と机に伏せた坂瀬くんだけだ。


「坂瀬くん」


声をかけてみると、坂瀬くんは小さく唸ったあと、目を擦りながら起き上がった。

少し潤んだとろんとした目は、まだ夢の中に吸い込まれそう。


「...あ、遊佐さん」


そして、私を見るとふわりと微笑んだ。
どこか和ませる雰囲気のその笑みは、寝起きのせいかいつもより自然。


「本、もう読み終わっているからよかったら」


私が本を差し出すと、坂瀬くんは嬉しそうにそれを受け取った。


「ありがとう!遊佐さんって読むの早いんだな」

「ううん、この本好きだから何度も読み返してるの」

「そうなんだ、遊佐さんがそんなに引き込まれる本なんて、やっぱ読んでみなきゃなー」


そう言って笑った坂瀬くんの表情は、さっきよりいつもの薄笑いに近付いていた。


「じゃあ、私行くね」

「うん。読み終わったらすぐ返す」

「うん。じゃあね」

「バイバイ、また明日」


笑顔で手を振る坂瀬くん。
なんとなく、人気者らしさみたいなものが感じられた。