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ある朝。

鏡の前で、俺は慣れない手つきでネクタイを結ぶ。


この前、偶然にも街中で麻妃先輩を見かけた日から、あれから数週間が経った今日。

俺はこれからついに、新しい会社で、正社員として働く。



「あれ?鍵…鍵、」



だから、今までのフリーターの自分とは、もうサヨナラ。

何せ仕事内容は基本事務仕事だし、たぶん楽だと思う。


俺はマンションの鍵を服のポケットから救出すると、通勤鞄を持ってマンションを後にした。







…………


何も知らないまま電車に乗ると、あり得ないくらいの満員のそれに揺られながら、数十分くらい過ごした。

会社までは電車一本で、駅の真ん前だからかなり近い。

少し緊張しながら駅に到着して会社の目の前まで来ると、改めて会社名を確認した。


…俺が今日から働くこの会社は、誰もが知る大手企業だ。

バイト先の先輩にこの会社を紹介してもらった時は「絶対無理だ」と思っていたけれど……まさか今日、こんなふうに通勤できるなんてな。


…夢じゃないよな?


そう思って少し緊張しながら中に入ろうとするけれど…その前に腕時計を見ると、時刻はまだ仕事開始から一時間前。

…いくらなんでも早く来すぎか。

今朝は柄にもなく緊張していて、あまりにも早くに起きて支度を済ませてしまったのだ。

俺は少し時間を潰そうと、近くのカフェに入った。