「ところで、実は私これまでのグーグーダイエットで一度も出たことがなかったのです。皆が痩せたり、グーグーダイエットを中断したりさせられたりする間に、一度も作られなかったということですね。ですので、貴方様の同僚殿がおひたしをプレゼントしてくれた時は、もう……神様が降臨なさった! と思ったのです」
 急にスイッチを切り替えたように覇気の出てきたひたし様に、さと子とハンちゃんが目を点にした。
「と言うことで見て下さい! この巻き物を!!」
 ひたし様は懐から巻き物を取り出すと、勢い良くその巻き物の片方を投げ飛ばした。スルスルスルと巻き物はその文章を現した。墨……否、醤油で書かれた文章は詰めに詰められていた。
「あ、あの……これは……」
 尋ねながらも、うすうす感づいているさと子は顔を引きつらせている。この詰められた文章は恐らく……。
「さと子様、貴方様と出会えたのもきっと運命! 長いこと暇を持て余したおひたしは運命の相手と出会える瞬間を待ちに待っておりました! それはもう、魔王にさらわれて勇者を待つ姫の如く。この栄養たっぷりのおひたしのメニュー票は、貴方様への恋文にも等しい! 是非お受け取り下さいませ!!」
 と言いながらも、強引に手渡して、手に握らせるひたし様。だが、これも好意なのだ。諦めたさと子は穏やかに目を閉じて頷いた。
「受け取って下さいますか! そうですか良かった!! あ、これは本日分のおひたしのメニュー表でございまして。明日は此方をお試しくださいませ。で、此方は明日明後日……」
 一つの長い巻き物を受け取り、心を決めかけていたさと子に、更に巻き物を渡すひたし様。さと子の表情は徐々に青ざめていった。
「あーこりゃ大変な量だな。幾ら野菜と言っても、これだけあっちゃあ……」
 スーさんの口出しに、思わずさと子の表情が輝く。そうなのだ。幾らなんでも、野菜をこれだけ食べれば結局太るかもしれない。第一、それだけ作る時間もかかってしまう。自分で言いたいが、あまりにも自分に期待するひたし様の輝く瞳が、それを許さなかった。ゆえに、今はスーさんが頼りになる。
「ぜってー便通に効くよな」
「なんでやねん」
 スーさんの予想外の言葉に、思わずツッコむさと子。しかし、ハンちゃんも神様も深く頷いていた。
「そうじゃなぁ。さと子、何時も便秘がちじゃろう? 肉ばかり食べておるからじゃぞ」
「あの、女性に普通にデリカシーの無いこと言わないで貰えませんか?」
「でも、色んな物をちゃんとバランス良く食べた方が良いと思うよ。これは、サトちゃんの健康のことも踏まえてのことだから」
「俺達はあくまでも、お前のダイエットを手伝う役割をしているんだ。これくらい言われる覚悟はしておくことだな」
 4人の男性に真剣な表情を向けられ、言い返せないさと子は肩をすくめた。仲間と言うか、トレーナーと言うか……やはり人生、美味しいことばかりでは無い。
「さと子様、神様は貴方の行いをちゃんと見ておりますし、我々は神様から貴方が何を食べてるかや、運動をしているか、健康に関することは時折聞いております。ですから、巻き物を受け取って頂いた以上は、しっかりと食べて下さいね。あ、これ一応カバンも持って来ましたので、此方にいれて持って帰って下さいな」
 ひたし様からカバンを受け取った後も、皆さと子の目を見つめて離さない。仕方なく、「はい」と頷くと、皆嬉しそうな顔をして、お弁当箱や、おひたしの入っていた入れ物の中に戻っていた。
「おひたしばかりの野菜も大変じゃろうが、長いこと日の目を見られなかったアイツの気持ちも少しは汲んでやってほしい。まぁ、とりあえず帰って料理のメニューを一つでも作って見ることじゃな。アイツのことだ、色々試行錯誤をしているはずじゃよ」
「は、はぁい……」
「では、精進したまえ!」
 神様もいなくなると、さと子はおひたしを食べた。みずみずしい食感で、喉越しが良い。ほぼ素材そのもののシンプルな料理だが、シンプルだからこそ、体が弱っている時に恋しくなったりするのがこう言った味付けのシンプルな料理だ。こんなにも美味しい料理なのに、今まで誰にも食べてもらえなかったなんて勿体ないなぁ。そんなおひたしだけど、おひたしを担当する彼は、何時かおひたしを食べてくれる人の為に、少しでも美味しく、飽きの来ないおひたしをいっぱい考案していたんだなぁ。この量には気が滅入るけど、おひたしを誰より愛する彼の気持ちを踏みにじるわけにはいかない。みずみずしいおひたしで口の中を潤わせると、ハンバーグとステーキを食べ、両手を合わせて頭を下げる。
「ご馳走様でした。よし、もうひと踏ん張り頑張るぞ!」

 帰宅後、さと子は持ち帰ってきた巻き物を一つ開き、それに合わせたおひたしを作っていった。その為には、帰る途中でスーパーで野菜を買い溜めするのは当然の流れだった。しばらく棚の中にしまっていた大きくて深い鍋に、たくさんの野菜を入れて茹でる。空いた時間で特別なたれを作ったり、油揚げ等の添え物も準備しておく。テーブルには沢山皿を並べ、茹で終えた野菜を小分けにして乗せていく。すると、ひたし様が再登場した。
「順調そうですねー他の肉料理とかも作るのですか?」
「ううん。そうしたいところだけど、もうこれ作るのだけで疲れたから今日はいいや。ああ、でも運動があるんだったね」
「その点ならば、ご安心下さいませ」
 ひたし様の言葉に、うなだれていた体を少しだけ上げてひたし様を見た。
「私はあくまでも、栄養管理専門です。肉や魚料理を使わないのでしたらば、本日は食事を堪能するだけで大丈夫ですよ」
 ひたし様の言葉に、さと子の表情はみるみる明るくなっていた。幾ら自分の為とは言え、此処最近は体力を使うことばかりをしていて、筋肉痛がずっと取れなかった。ランチタイムも、今思えば何もせずにご飯を食べることが出来た。これだけ休んでいいれば、きっと体の痛みもいずれ消えていくだろう。
 ひたし様曰く、実はそろそろハンちゃんやスーさんも体を休ませるべきでは? と神様と話し合っていたらしいのだが、さと子の肉好きによって、どうしてもダイエット法が体力を使うことに偏ってしまったとのこと。今日もそのことを話す為に職場まで神様がやって来たらしいのだが、偶然にも達海がおひたしをプレゼントしたことで事態が変化したのだとか。
「そうだったんだ。人の思い無下にして、私って駄目ね」
「人じゃ無くて食べ物ですがね。でも、貴方様が我々、特にハンバーグやステーキをそれ程大切にしていると言う気持ちがわかるから、誰も怒ってはいないと思いますよ。むしろ、これ程大切にされる2人を、色々な料理達が羨ましがっています。勿論、このおひたしめも」
 さと子は、ひたし様に、静かに首を振った。何か悪いことを言ってしまったのだろうか。ひたし様の表情が焦りに変わる。
「ううん。私こそ、あの二人にはとても助けてもらってる。神様は当然として、あの二人がいなかったら、私は痩せるどころか、今も尚ずっと太り続けていたかもしれない。むしろ、大切にしてもらってるのは私の方よ。だからこそ、私もなるべくみんなの期待に応えられるように頑張るね。その為に、貴方にも力を貸して欲しい。だから、これからも宜しくお願いします、ひたし様」
 ひたし様の表情が柔らかくなり、さと子の肉付きの良い手を両手で掴むと、「是非!」と喜んだ。そして、ひたし様の姿が消えると、目の前にはたくさん作った。様々なおひたし料理が並んでいた。
「有難う。それでは、いただきます!」
 メニュー通りに作ったおひたしは、どれも美味しい。元は茹でた野菜だが、組み合わせによってこうも変われるのか。これは、ひたし様の努力と発想の勝利である。また、添えてある食材に、油揚げや厚揚げなど、食べ応えのあるものを入れているのはとても良い。お腹も程良く満たされてきた。おひたしオンリーと言うのは厳しいが、肉料理を食べて体力を消耗した翌日は、ヘルシーな料理で体を整えると言うパターンは悪くなさそうだ。ひたし様が他の料理も羨ましがっていると言っていたのが、さと子は密かに嬉しかった。何時も通り、両手を合わせて頭を下げる。
「ご馳走様でした。明日は、違う料理も作ってみようかな」
 その後、平和な時間が続き、10時頃布団に入った。しかし、布団に入ってからも、明日の朝食を何にするか迷って眠れなくなるさと子であった。

――現在の体重93キロ