唇トラップ



『・・・よし、終わりました。栗田さんの名前、漢字が違いました。
後でデスクに戻ったら、直してそこのコピー機から印刷しときます。』

「まじで?そんなこと出来んの?」

『出来ますよ、私のPC、ここの会議室のコピー機と繋げてるから。何枚いります?』

「20枚。ありがとう、助かった。」



見上げれば、フワリと解けた口元に細くなった瞳。
安心、してる?嬉しそうにも見える。

やばい。

なんかちょっと今、可愛かった。




額に滲んだ汗を誤魔化すように、ご馳走さまでしたと手を合わせる。
お箸とお弁当箱を止めるゴムの音がパチリと弾けた。



「ところでさ、俺たちどうする?」

『え?』


彼の飲みかけのコーヒー缶が、まだ開かぬ私のそれに音を立てて並ぶ。


「言ったろ、とことん付き合ってやるって。」


ああ・・・
頬が燃えた。場所は違えど、この会議室特有の匂いで先日の濃厚を思い出した。

同時に、子供のようにショボくれた柊介の背中を思い出す。



『その件は・・・、まだ、ちょっと。』

「何?もう気が済んだの?」

『気が済んだ、ってわけでもないんですけど。』



柊介の告白。あれは、柊介にとって捨て身だったと思う。胸がキリリと痛む。


「やり尽くさないと、どっちの結果にしても後悔すんだよ。」


唇を噛む。見上げた彼の顔は、怒ってるでもなく呆れてるでもなく。
私の瞳の奥を見透かすような、そんな遠い目をしていた。



『そう言われても・・・分かんないんです、どうしたらいいのか。』

「じゃあ俺が決める?」







後ろのデスクに腰を凭れていた彼が、身体を起こして私の机に両手をつく。
近づいた空間に、同じだけの距離を取り直したいのに。

真上から降ってくる視線に貫かれて、身体が動かない。





「決められないなら、俺が決めるけど?」





サディスティックな視線に、背中を伝う汗を感じた。

この人に、こんな距離で見下ろされて。

勇敢にも首を触れる人がいたら、ぜひお目にかかりたい。









「________________十和子。」






発音が落ちてきた。意味を持たずに、ただはっきり音として。

いま名前を呼ばれた。

なんで、名前__________________