#エリーside





見上げた月は作り物みたいで。
もう一度君に、会いたくなった。




君を初めて見た時のことを思い出す。
知らないだろうけど、俺たちは入社式では近い席に座っていて。
何時間も延々続く上席者の祝辞に、俺は既に飽き飽きしていて。

ぼんやりした頭で視線を泳がせていたら、君を見つけた。



多くの人がコクリコクリと舟を漕ぐ中で、君も例に漏れず眠たそうだったけれど。
けしてその大きな瞳を閉じ切ってしまうことはなく、ゆっくりとした瞬きを続けていた。

縁取る睫毛の柔らかさが、聞こえてくるような動きだった。
メトロノーム。
規則的な柔らかさが心地よくて。
午後の光の中で、俺はずっと君を見ていた。
















新入社員の配属三ヶ月研修で。
時期を同じく正規研修に参加できなかった俺たちは、二人で廣井さんの補修を受けることになって。

あのメトロノームの子だ。

そう思ったけど、それ以上の感想はないまま。
特に話すこともなく、夏の日を何日も過ごした。





『エリくん。』


長い研修ももうすぐ終わりを迎えるその日、君から名前を呼ばれた。人間違いかと思った。
エリ、なんて読み違えられたのは君が初めてだったから。


返事をしない俺に、不安そうに『エリ…エリー?』と改めた君に。
やっと俺のことだと気づいて、「江里(えさと)です。」と答えた。


さすがにエリーはないでしょ、と笑うと。
ごめんね、と恥ずかしそうに下を向いた。

ぺこぺこと頭を下げる度に、長い髪の毛は絹みたいに揺れて。
耳にかけた髪から覗く小さな耳は、真っ赤に腫れ上がっていて。




「ああ、好きだな。」



直感的に、ただ、そう思った。