唇トラップ




分かっているからこそ。

分からないフリをする時がある。


夕焼けに染まる外苑前。
柊介はいつもより饒舌で、私はいつもよりよく笑った。

別れは、少しの沈黙に大きく染み渡りそうで。
私たちは限られた時間に気づかないフリをしながら、それぞれに言葉を繋いだ。

私たちはこれから、友達になる。
だけどその前に、恋人を終える。




柊「・・・。」


それでも、見慣れた景色に気づく頃。
さすがに柊介は、言葉を続けなくなって。

言葉を生めなくなった私は、夕空がラベンダー色に堕ちていくのをぼんやり眺めていた。





ついに、マンションの前で走りが止まる。


『ありがとう!助かった。』

努めて、明るい声を出して。
ドアに手をかける。振り返って見る真剣な瞳に、一瞬で息が止まった。


『えっ、と・・・』


じゃあね、とか。またね、とか。

普通の友達みたいに手を振ろうって決めたのに。
“十和が泣いちゃだめだよ”
眞子の言葉が、不意に痛んだ鼻先を止めた。

最後の私は。
笑顔のまま覚えていて欲しいんだ。




『柊介、ありが、』

柊「謝らないといけない事があるんだ。」


固い口調が車内に響いた。
いつのまにか、流れていた感じの良い音楽は止まっていた。

謝る、なんて。
もう十分過ぎるほど謝ってもらったと思った。

十分過ぎるほど尽くしてもらったし、取り返してもらったと感じていた。


『・・・その事ならもう十分。もうお互い忘れ、』

柊「あの夜、・・・」





アノヨル?
解せなくて、首を傾げて。

柊介の瞳に、引き込まれる。