それは、小さな街の小さな恋。



「藪下はあの頃、『街なんて出て行く!家なんて継がない!』って豪語してたけど、本心じゃないんだろうなって中坊の俺でも分かったよ。」

「え?」

「結局藪下は、藪下診療所があるこの街が大好きなんだよ。」


図星過ぎて言葉に詰まる。富澤君の言うことに反論できない。

それでも、なんとか反論しようと口を開きかけると、


「そして、あいつのことも。」


富澤君はお皿にまだのこっていた軟骨を手に取ると、吐き捨てるように呟いた。



「え?あいつって?」

「藪下の近所のやつだよ。昔から、この街の女に人気があっていけ好かないやつ。」


いけ好かないって…。

俊ちゃんの評価としては初めて聞く単語だ。


「俊ちゃんは、そんなんじゃないよ。昔からお兄ちゃんみたいなもので。」

「藪下は一人っ子だろ?兄貴なんていない。」


富澤君の口から出た正論、いや事実に言葉が詰まる。

そんなこと言われたら、私。