頭を下げながらもスカーレットの思考回路はとまらない。


「……」


無言のままキュリオの足音が遠のいたのを確認した彼女はゆっくり顔を上げる。
するとブラストの沈んだ声がかかり…


「スカーレット殿申し訳ない。普通に振舞って下されば問題ないのですが…」


「…ウィスタリアが犯した罪は女神一族を追放されてもおかしくないほど重罪だ。キュリオ様が警戒されるのも無理はないさ」


あの日…変わり果てた姿で戻ってきた"一の女神"こと、スカーレットの姉・長女のウィスタリア。

彼女がずっとキュリオに淡い恋心を寄せていたことは誰もが知っていた。
"五の女神"であるマゼンタの誕生日の前日、妹に負けぬほど幸せそうにドレスを選んでいた彼女の顔を思い出す。



"ウィスタリア。マゼンタが口を尖らせていたぞ?"


"…スカーレット…なぜマゼンタが?"


クローゼットに手をかけ、振り返ったウィスタリアは目を丸くして首を傾げた。


"付き添いだなんて嘘!キュリオ様に一番会いたがってるのはウィスタリアなんだからっ!!"


声の低いスカーレットがマゼンタのマネをしながらおどけてみせる。


"そ、そんなこと…"



否定しながらも恥じらう乙女のように頬を染めているウィスタリア。
その言葉を誰が信じようか?

キュリオが公の場に姿を現すとなれば必ず駆けつけ、遠くから見守っている彼女の一途さは相当なものだ。
絶世の美と力を誇るキュリオを目にしたその女性のほとんどが彼に恋をするが、望みのない想いはいつか憧れに変わり…彼女らは普通の恋へと進む。

しかし、キュリオへの恋心を捨てきれないウィスタリアは年齢的にも最後の望みをかけて城を訪れたに違いなかった。

謁見の場で愛を告白するなど許される事ではない。
それどころかキュリオの怒りを買ってしまうことだってありえるからこそ…わずかな望みを託してマゼンタの誕生日を口実にキュリオのもとへと急いだ。


「あのウィスタリア殿が…一体何があったのでしょうな」


女神一、温和な彼女が豹変してしまうなど誰が予想できただろう…。
表向きでは女官に怪我をさせたとなっているが、意識を取り戻した女官の口から思わぬ証言が出たため、女神一族がアオイに近づくことを皆警戒しているのだ。

しかしアオイの存在を知らぬスカーレットだが…


「…恋に狂った女が必死になるのは男を取られまいとする強い想いからだろう」


深いため息をついたスカーレット。その動作はあまりに男性的で、ふいを突かれた近くの侍女たちが見惚れてしまうほどの美しさだった―――。