彼女の言うとおり≺精霊王>エクシスを始め、数多くの精霊たちが悠久を訪れては自然と戯れ、稀に棲みついている者もいる。
 ただ、彼女らは普段あまり人の姿になることはなく、光のようにまわりと溶け込んでいるせいで人間の目にはわからないのだ。

"あっ! ……綺麗な、お魚……?"

 とアオイが言ったのも、こちらに興味を示したウンディーネが湖面下で人の姿になっていた可能性が高い。そしてボートにぶつかったのもおそらく彼女であろうことがその発言から容易に察しがついた。

『悠久の王が女人を連れているとは驚きました。
近くで拝見させて頂こうと近づくうちに感情が高ぶってこの姿に……誠に申し訳ございませんでした』

 恥ずかしがりながら申し訳なさそうに言葉を紡ぐ彼女。しかし、アオイを見つめるその瞳は慈愛に満ちており、どこか愛おしそうに抱く腕がキュリオに違和感を芽生えさせる。

「…………」

(人など珍しくもないだろう。感情が高ぶったのは、目にしたのがアオイだからか……?)

 アオイ愛しさのあまり、ウンディーネへ猜疑心を抱くキュリオ。
 だが、そんな心配はまず当て嵌まらないだろうことはキュリオが一番よくわかっている。数多の精霊が存在するなか、知的な光の精霊や優しく世話好きなこの水の精霊は特に、人の世界へ興味や理解を示していることがこれまでの経験から明らかだった。だからこそ彼女たちの姿に驚くことはないのだが、何よりも≺精霊王>エクシスとキュリオが親しい間柄であることが絶対的な信頼へと繋がっていることは間違いない。

「……いや、こちらこそすまない。君がいるとは知らずに……怪我はないかい?」

 キュリオは目を閉じたまま、水のヴェールに包まれ抱き上げられているアオイを心配しながらも水の精霊を気に留めた。

『もったいない御言葉。私はこの湖が枯れなければ何てことはございません。
……そろそろ眠り姫をお返しいたしましょう』

 キュリオの瞳が先程から腕の中の少女へ向けられていることに気づいていた水の精霊は優しく微笑むとアオイをキュリオへ差出し――

「あぁ、礼を言わねばならないな。彼女は私の大切な……」

 安堵の表情を浮かべたキュリオが一歩前で出て腕を伸ばすと、水の精霊の柔和な表情が一瞬険しくなった。

『……悠久の王。彼女をお返しする前に問います』

「……なに?」

 そう言うと腕を引いてしまった水の精霊にキュリオが怪訝な表情を浮かべる。

『貴方様の落とした眠り姫は……』