「……姫様、すこしでも召し上がってくださいませ」
綺麗な眉に皺を寄せた女官が心配そうに銀のトレイを見ながら愛らしい姫君の顔を伺っている。
「私は大丈夫。皆はもう休んで」
夜の帳が下りて数時間が経過していた。
ガーラントの力さえキュリオは受け入れる様子もなく、治癒の魔法はまったくといっていいほど効果がない。
「むぅ……やはり駄目か」
「ガーラント先生、ダメって……どうして?」
魔法の力を持たないアオイが魔法に詳しくないのも仕方がない。だが、彼女が魔法を使えないからといって不自由があるわけもなく……さらに偉大な王の加護を一身に受けているアオイが魔法を使えたところで彼の傍では何の役に立つとも思えない。
「……これは姫様が赤子のころに陥った……あの夜にとても似た現象ですのじゃ」
「私が精霊の王様に助けられたっていう……?」
この一件に関してエクシスに深い恩を感じているキュリオは何度もアオイに話聞かせていた。
幼いアオイはあまり深く考えずに静かに聞いていたが、苦しそうに顔を歪めたキュリオの……強く抱きしめてくれる腕が小刻みに震えていることに事の重大さを思い知ったものだ。
「……左様でございます。あのときの姫様もこのように治癒の力が素通りしてしまうような状態にあり……」
「そのお話は聞いたわ。体が悪いわけじゃないみたいだったって、お父様は激しく動揺なされたとおっしゃってて……」
「その通りですじゃ。いまのキュリオ様も原因は別にあるかと思われます」
「……別の原因……」
(……どうしたらいいの? 私じゃ精霊の王様にお会いすることもできない……)
「……お父様……」
何もできないまま刻々と時間は過ぎていく。
ガーラントを始めとした従者たちを退出させたアオイは、湯に浸したあたたかいタオルでキュリオの顔や首元を優しく拭いていく。
(いつもやってもらうばかりで私からしてあげたことなかった……)
水差しを唇にのせて傾けると、わずかに喉が動いたのをみて少しだけ安心する。
どこもかしこも美しいキュリオの肌に触れることさえ躊躇うアオイだが、触れる部位など厭わずに触れることを許されているのは唯一無二のアオイだけのため誰かに代わってもらうこともできない。
『――私に万が一のことがあったら身の回りの世話はアオイにのみ許可しよう』
体調を崩した高齢の従者を見舞ったキュリオが部屋へ戻って来ると、唐突にそんなことを言い始めた。
『お父様に万が一だなんて……そんなことお考えにならないでください。なにかあるとすれば私のほうです』
驚いたアオイは紅茶のカップをテーブルに置くと、心のままにそう口にしていた。
『アオイ、そういうことは冗談でも言ってはいけないよ』
ピクリと眉を動かしたキュリオはわずかな苛立ちをみせる。
この言葉はどこの親子でも当然の会話である。親は子の先の長い人生を願い、逝くにも順番があるのだと強く言い聞かせる。
しかし、アオイは冗談で言ったつもりはない。
この世界にたった五人しか存在しない崇高な王のひとり、≺悠久の王>であるキュリオよりも長く生きることなど不可能なのだ。
『私は人ひとり分の命を全うできたならそれで……』
(お父様に愛していただけただけで私はもう充分幸せです)
血の繋がらない自分を娘として育ててくれたこの美しい王には感謝してもしきれない恩がある。
キュリオの願いならばいつでも自分の命を捧げることができるくらい、アオイもまた父親としてキュリオを愛している。
『言うな。私にその瞬間を想像させないでくれ』
深く息をつきながらソファの背もたれに背を預けたキュリオは眉間に皺を寄せながら目を閉じてしまった――。
綺麗な眉に皺を寄せた女官が心配そうに銀のトレイを見ながら愛らしい姫君の顔を伺っている。
「私は大丈夫。皆はもう休んで」
夜の帳が下りて数時間が経過していた。
ガーラントの力さえキュリオは受け入れる様子もなく、治癒の魔法はまったくといっていいほど効果がない。
「むぅ……やはり駄目か」
「ガーラント先生、ダメって……どうして?」
魔法の力を持たないアオイが魔法に詳しくないのも仕方がない。だが、彼女が魔法を使えないからといって不自由があるわけもなく……さらに偉大な王の加護を一身に受けているアオイが魔法を使えたところで彼の傍では何の役に立つとも思えない。
「……これは姫様が赤子のころに陥った……あの夜にとても似た現象ですのじゃ」
「私が精霊の王様に助けられたっていう……?」
この一件に関してエクシスに深い恩を感じているキュリオは何度もアオイに話聞かせていた。
幼いアオイはあまり深く考えずに静かに聞いていたが、苦しそうに顔を歪めたキュリオの……強く抱きしめてくれる腕が小刻みに震えていることに事の重大さを思い知ったものだ。
「……左様でございます。あのときの姫様もこのように治癒の力が素通りしてしまうような状態にあり……」
「そのお話は聞いたわ。体が悪いわけじゃないみたいだったって、お父様は激しく動揺なされたとおっしゃってて……」
「その通りですじゃ。いまのキュリオ様も原因は別にあるかと思われます」
「……別の原因……」
(……どうしたらいいの? 私じゃ精霊の王様にお会いすることもできない……)
「……お父様……」
何もできないまま刻々と時間は過ぎていく。
ガーラントを始めとした従者たちを退出させたアオイは、湯に浸したあたたかいタオルでキュリオの顔や首元を優しく拭いていく。
(いつもやってもらうばかりで私からしてあげたことなかった……)
水差しを唇にのせて傾けると、わずかに喉が動いたのをみて少しだけ安心する。
どこもかしこも美しいキュリオの肌に触れることさえ躊躇うアオイだが、触れる部位など厭わずに触れることを許されているのは唯一無二のアオイだけのため誰かに代わってもらうこともできない。
『――私に万が一のことがあったら身の回りの世話はアオイにのみ許可しよう』
体調を崩した高齢の従者を見舞ったキュリオが部屋へ戻って来ると、唐突にそんなことを言い始めた。
『お父様に万が一だなんて……そんなことお考えにならないでください。なにかあるとすれば私のほうです』
驚いたアオイは紅茶のカップをテーブルに置くと、心のままにそう口にしていた。
『アオイ、そういうことは冗談でも言ってはいけないよ』
ピクリと眉を動かしたキュリオはわずかな苛立ちをみせる。
この言葉はどこの親子でも当然の会話である。親は子の先の長い人生を願い、逝くにも順番があるのだと強く言い聞かせる。
しかし、アオイは冗談で言ったつもりはない。
この世界にたった五人しか存在しない崇高な王のひとり、≺悠久の王>であるキュリオよりも長く生きることなど不可能なのだ。
『私は人ひとり分の命を全うできたならそれで……』
(お父様に愛していただけただけで私はもう充分幸せです)
血の繋がらない自分を娘として育ててくれたこの美しい王には感謝してもしきれない恩がある。
キュリオの願いならばいつでも自分の命を捧げることができるくらい、アオイもまた父親としてキュリオを愛している。
『言うな。私にその瞬間を想像させないでくれ』
深く息をつきながらソファの背もたれに背を預けたキュリオは眉間に皺を寄せながら目を閉じてしまった――。



