狂気の王と永遠の愛(接吻)を~イベント編~

 手伝いとは名ばかりの甘やかしを施されたアオイはその後キュリオとともに朝食を済ませ、学園の制服に着替えるとひとり城を出発するよう命ぜられた。

「……もう少しお仕事をなさってから行くって……私やっぱり邪魔だったよね」

 小さい頃のアオイならいざ知らず、これだけ大きく成長した人ひとりを膝に抱えながら執務に取り掛かるなどキュリオ以外の人間にはきっとできない業(わざ)だ。

「重いし、お話をしながらだし……」

 しかし、キュリオがそれを望んでいるのだから従うしかないのかもしれない。
 自分が一体なにをすべきかを見出せないままとぼとぼと並木道を歩く。
 頭上には平和を象徴するような一面群青色の空がどこまでも広がっており、行く人々の表情は笑顔に満ち溢れている。
 
(今日も穏やかな悠久の国……皆、幸せそう)

 悠久の民が大病に侵されないのも、流行り病などの感染病がないのも、すべてはこの国の王の癒しと浄化の力の賜物である。
 キュリオの力は毎夜ごとにこの悠久に降り注ぎ、命あるすべてのものたちへ平等に行き渡る。ひとつの国を覆いつくすほどの圧倒的な力を誇示する彼に、誰もが崇拝する究極の存在となるのも仕方がない。
 現王であるキュリオに娘が存在することは世間に伏せられているが、もしその存在が明かされたとしたら……娘であるアオイに向けられる期待は、キュリオに似た力の特性を持つ優れた姫君であることだろう。

(力を持たない私はお父様のように悠久の人たちを助けることはできない。だからもっとお勉強して、できることを見つけていかないと……)

 賑わう街へ差し掛かると、人々の生活の声に混じってたくさんの匂いが鼻先をくすぐる。

(パンの焼けるいい匂い……ここ、ミキが言ってたお店かな?)

 すでにガラス張りのパン屋と思しき店には人だかりができていた。
 今日も料理長のジルが持たせてくれた重箱の包みを両手で抱えていたアオイは、皆ひとりひとりが素晴らしい特技を持っていることを羨ましく思う。

「……あるのかな、私にしかできないこと……」

 切ない登校となった今朝は、いつも遅刻ギリギリの彼女からすれば早い時間に学校へ着いた。
 それもキュリオが時間配分に気を使ってくれたせいであるが、長い道のりのなかでキュリオがアオイに追いつくことはなかった。

「……お父様、まだお仕事されてるのかしら……」

 教室へ入るまでもすれ違った生徒の姿はまばらで、滅多に見れないその光景にすこし嬉しくなりながらも、その瞳はアランに扮した父の姿を無意識に探してしまう。

「おっ! アオイ!! 体大丈夫か!?」

「……?」

 背後から名を呼ばれたアオイが振り返ると、寝癖のついた男子生徒が嬉しそうに駆け寄ってきた。

「おはよう、シュウ。うん! もう大丈夫。心配かけてごめんね」

 曇りがかった心を一瞬で吹き飛ばしてくれる頼もしい親友のひとりのシュウだった。

「そっか! でも無理すんなよ? 
それと珍しいな、こんな時間にアオイが登校してるなんて!」

 そういう彼も朝が苦手と豪語するだけあって早目の登校はかなり珍しい。
 アオイは知らないが、彼はヴァンパイアのハーフであり、日の光に耐性はあるものの根本的に夜型なのだ。

「うん、今日はお父様のお手伝いがしたいのもあって早く起きていたから」

「……そ、そっか」

 朝日よりも柔らかな笑みを浮かべたアオイにシュウは自分の頬に熱が集まっていくのをしっかり感じた。
 やや体温が低めな彼にとって、アオイはいとも簡単に代謝をあげてくれる心と体の栄養のような存在だった。

 真っ白な白磁のような肌に、淡く甘い色を宿した花弁のような唇に疑うことを知らない純粋な瞳。
 本来ならば目の色を変えて噛み付きたい衝動に駆られるはずのシュウだったが、初めて抱いた淡い感情がその衝動に強いブレーキを掛けた。

 そして、それだけではない。

(そういえば俺……いつから摂取してない?)

 学園に通う前のシュウは度々吸血反応をみせては命を繋ぐために最低限の吸血行動を行い、その存在を隠すように生きてきた陰の部分を持ち合わせている。

(好きな女ができると……ヴァンパイアってのは腹が減らなくなるもんなのか?)

 彼の言う"腹が減る"とは所謂吸血行動である。
 ヴァンパイアのハーフでありながら悠久に産み落とされたシュウに、彼の性質などを教えてくれる仲間など存在していなかった。
 自分が何者かもわからず、シュウの父親であるヴァンパイアを憎悪しながら自害した母親の記憶がわずかに記憶の片隅に残されただけの虚無な存在――。
 
 悠久の民にとってヴァンパイアは生命を脅かす危険な種族であり、望まれて生まれてきたわけではないことを身を以て知らされた幼いシュウは世間とは離れたところに身を置き、如何に自分という存在を消せるかに命を懸けてきた悲しい少年だった。
 身寄りのないシュウに孤児院からの誘いもあったが、すでに吸血行動という異常な欲求が生まれていた彼は頑なにそれを拒んだ。その後、国からの支援は存分に届いたが、ただの食事だけでは吸血衝動は抑えることができないと気づく。ならば血液の摂取を止めれば死ねるかもしれないと目論んだ彼だが、悠久の王の加護が降り注ぐこの国において、それは不可能だと思い知らされることとなる。

 さらにそこから学園へと入学しアオイと出会うまで、通常の人間ならば人生の半分以上を終え、壮年期にはいるだけの年月が経過していた。

「ん? ……親父さんの仕事ってアオイも手伝えることなのか?」

 肩を並べて歩くシュウは、今日のランチも世話になるであろう重そうな重箱を愛らしい少女の手から奪って言葉を返した。

「あ、ありがとう。……うん、お手伝いって言えるかわからないけど」

 歯切れの悪いアオイの言葉にシュウは深く考えず、"畑仕事かなんかか?"と勝手な解釈をしていた。

「シュウは? 今日は眠くない?」

 午前中のほとんどの授業を眠って過ごす彼に、アランに扮したキュリオは顔を引きつらせていたが、生活のために夜働いていることを知っていたアオイが懸命に彼を擁護していたのだ。
 国の支援に頼ることなく生計を立てている彼と、その境遇にキュリオの酌量も加わって大目にみてもらっているところがあった。

「アオイがもし今日も調子悪いってならノートとっておかねぇとって思ってさ。そしたら眠気も吹き飛んだってもんだぜっ!」

「ありがとう。そこまで考えてくれて……すごく嬉しい」

(……よかった、シュウに迷惑が掛からなくて……)

 そんなアオイの安堵も束の間、彼にお世話になる羽目になるとは……このときはまだ思ってもみなかった。