湯浴みを終え、室内へと戻ってきたアオイはすっかり着替えを済ませキュリオが座っていたソファへと駆け寄る。
「お父様、お待たせしまし……」
しかし、そこにキュリオの姿はなく。
広い室内を見回すもののベッドはおろかバルコニーにもその姿は見当たらない。
「も、もしかしてっ……!」
勢いよく部屋を飛び出すと、視線の先ではアオイの部屋の扉を治す職人たちの姿があった。
「早くからごめんね。ありがとう」
「アオイ様、おはようございます。滅相もございませんが……お体の具合は如何ですか?」
女官のひとりが心配そうに眉をひそめながらアオイの傍へ駆け寄ってきた。
「もう大丈夫。ごめんね、心配掛けちゃって……」
「いいえ、とんでもございませんわ。それに、その……キュリオ様と何か……」
あのキュリオが自身の愛の結晶とも言えるアオイに手をあげるとは思えないが、この強固な扉が吹き飛んだ形跡を見て只事ではないと、その惨状を目にした誰もが血の気の引く思いをしていた。
「……私が意地を張ってしまったせいなの。昨夜のことはあまり覚えてないけど、鍵を閉めて眠ったせいだと思う」
「……姫様……、キュリオ様は姫様のこととなるとすべてを放り出してその御手の中へと連れ戻したくなるのだと思いますわ。姫様にはお辛いこともあるかもしれませんが……ですが、それはキュリオ様の深い愛故の……」
「わかってる……。私もお願いばかりじゃなくて、お父様が求めるものをちゃんと受け入れて行かなきゃと思ってたから」
「姫様……。わたくしたちも陰ながら応援させて頂きますわ。姫様のそのお優しい御心があれば、キュリオ様もきっとわかってくださいます」
涙ぐんだ女官がアオイをそっと抱きしめる。
初めて愛を手にした生真面目な王が自制出来ないのもしょうがない。
幼き日々のほとんどを彼の腕の中で過ごし、常にその視線が届く範囲内に彼女を置こうとしたキュリオの溺愛ぶりを比べる対象のないアオイはそれが当たり前だったが、それが出来なくなった現在……キュリオの我慢が限界にきているのではないか……? というのが皆の正直な意見だった。
まさか学園にまで教師として乗り込むとは思っていなかったため、皆が想像したキュリオのアオイに対する愛は海よりも深いものだと思い知らされた。
だが、そこまでくるとこの優しい姫君でさえ息苦しさを感じてしまうのではないか? という不安もあったため、アオイが反発することは女官らの間ではある程度想定されていたことだった。
まともな感覚ならば、これほどまで理不尽な監視に怒りが爆発しても仕方がない。
しかし、それらの行動を受け入れて尚……父親に歩み寄ろうとする健気な姫君に涙があふれる。
「……ありがとう。まずは私のお願いを聞いてもらえるように、先にお父様のお手伝いをしなきゃと思ってたの。行ってくるね」
「御立派でございますわ。行ってらっしゃいませ」
あたたかく送り出してもらったアオイは、肩越しに振り返って今一度手を振って女官らと別れると、キュリオが向かったであろう執務室へと急いだ。
息を整えながら扉をノックし、声を掛ける。
「お父様、アオイです」
『入りなさい』
「はい。失礼いたします」
扉を開け、一歩あゆみを進めたアオイは予想通りに執務に取り掛かっているキュリオを確認すると扉を閉めた。
すでに分厚く積み重ねられた書類の山は、キュリオが学園の教師としての仕事が終わってから取り掛かっている膨大な王の執務である。
「…………」
(……これが全部、今日のお父様のお仕事……)
アオイから例えれば、これらすべてが一日分の……しかも帰宅してから取り掛からなければならない宿題だったとしたら卒倒してしまうような数だ。
「……お父様、アラン先生を辞めることはできないのですか?」
王としての仕事を放棄できるわけがない。
それならばキュリオの大部分の時間を奪っている"教師"としての仕事を辞めることはできないのかとアオイは進言する。
そもそも"教師"として顔はアオイが学園へ通ってからのものであり、キュリオ曰く"悠久の第二位である姫君の教育の場をこの目で見るのも王の務め"という理由ならばもう充分なはずだ。
「……お前は私の手を止めるためにここへ来たのかい?」
視線が鋭く、声が低くなったキュリオ。
スラリとした指先に支えられた羽ペンが動きを止めると、ハッとしたアオイが慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい……そんなつもりはなくてっ……」
「お前が学園を辞めるなら私も安心して王の執務に専念できる。
……この件に関してもう一度口を開くなら、アオイが学園を辞めるという条件のもとでしか話し合いには発展しないことを覚えておきなさい」
「……はい、わかりました」
(やっぱりお父様は私が学園に通うのが心配なんだ……)
「言いたいことはそれだけか? 用がないなら――」
アオイが自ら進んでサポートを買って出ることがわかっているため、わざと素っ気ない態度をとるキュリオ。
「……っ私、お父様をお助けしたいんです! 私にできることなんて無いかもしれませんが……なんでもお申し付けくださいっ!!」
傍へやってきたアオイが懸命に訴える。
その言葉を待っていたかのように口角を上げたキュリオはアオイの腕を引いた。
「ああ、あるとも。お前にしかできないことが――」
キュリオの端正な顔が近づいて。
あっという間に抱えられたアオイは王の膝に腰を下ろす姿勢になってしまった。
「……お父様……、これではお手伝いが……」
「お前を感じながら執務をこなすのが私の理想だ。懐かしいだろう? アオイの定位置は私の膝の上だったからね」
「お父様、お待たせしまし……」
しかし、そこにキュリオの姿はなく。
広い室内を見回すもののベッドはおろかバルコニーにもその姿は見当たらない。
「も、もしかしてっ……!」
勢いよく部屋を飛び出すと、視線の先ではアオイの部屋の扉を治す職人たちの姿があった。
「早くからごめんね。ありがとう」
「アオイ様、おはようございます。滅相もございませんが……お体の具合は如何ですか?」
女官のひとりが心配そうに眉をひそめながらアオイの傍へ駆け寄ってきた。
「もう大丈夫。ごめんね、心配掛けちゃって……」
「いいえ、とんでもございませんわ。それに、その……キュリオ様と何か……」
あのキュリオが自身の愛の結晶とも言えるアオイに手をあげるとは思えないが、この強固な扉が吹き飛んだ形跡を見て只事ではないと、その惨状を目にした誰もが血の気の引く思いをしていた。
「……私が意地を張ってしまったせいなの。昨夜のことはあまり覚えてないけど、鍵を閉めて眠ったせいだと思う」
「……姫様……、キュリオ様は姫様のこととなるとすべてを放り出してその御手の中へと連れ戻したくなるのだと思いますわ。姫様にはお辛いこともあるかもしれませんが……ですが、それはキュリオ様の深い愛故の……」
「わかってる……。私もお願いばかりじゃなくて、お父様が求めるものをちゃんと受け入れて行かなきゃと思ってたから」
「姫様……。わたくしたちも陰ながら応援させて頂きますわ。姫様のそのお優しい御心があれば、キュリオ様もきっとわかってくださいます」
涙ぐんだ女官がアオイをそっと抱きしめる。
初めて愛を手にした生真面目な王が自制出来ないのもしょうがない。
幼き日々のほとんどを彼の腕の中で過ごし、常にその視線が届く範囲内に彼女を置こうとしたキュリオの溺愛ぶりを比べる対象のないアオイはそれが当たり前だったが、それが出来なくなった現在……キュリオの我慢が限界にきているのではないか……? というのが皆の正直な意見だった。
まさか学園にまで教師として乗り込むとは思っていなかったため、皆が想像したキュリオのアオイに対する愛は海よりも深いものだと思い知らされた。
だが、そこまでくるとこの優しい姫君でさえ息苦しさを感じてしまうのではないか? という不安もあったため、アオイが反発することは女官らの間ではある程度想定されていたことだった。
まともな感覚ならば、これほどまで理不尽な監視に怒りが爆発しても仕方がない。
しかし、それらの行動を受け入れて尚……父親に歩み寄ろうとする健気な姫君に涙があふれる。
「……ありがとう。まずは私のお願いを聞いてもらえるように、先にお父様のお手伝いをしなきゃと思ってたの。行ってくるね」
「御立派でございますわ。行ってらっしゃいませ」
あたたかく送り出してもらったアオイは、肩越しに振り返って今一度手を振って女官らと別れると、キュリオが向かったであろう執務室へと急いだ。
息を整えながら扉をノックし、声を掛ける。
「お父様、アオイです」
『入りなさい』
「はい。失礼いたします」
扉を開け、一歩あゆみを進めたアオイは予想通りに執務に取り掛かっているキュリオを確認すると扉を閉めた。
すでに分厚く積み重ねられた書類の山は、キュリオが学園の教師としての仕事が終わってから取り掛かっている膨大な王の執務である。
「…………」
(……これが全部、今日のお父様のお仕事……)
アオイから例えれば、これらすべてが一日分の……しかも帰宅してから取り掛からなければならない宿題だったとしたら卒倒してしまうような数だ。
「……お父様、アラン先生を辞めることはできないのですか?」
王としての仕事を放棄できるわけがない。
それならばキュリオの大部分の時間を奪っている"教師"としての仕事を辞めることはできないのかとアオイは進言する。
そもそも"教師"として顔はアオイが学園へ通ってからのものであり、キュリオ曰く"悠久の第二位である姫君の教育の場をこの目で見るのも王の務め"という理由ならばもう充分なはずだ。
「……お前は私の手を止めるためにここへ来たのかい?」
視線が鋭く、声が低くなったキュリオ。
スラリとした指先に支えられた羽ペンが動きを止めると、ハッとしたアオイが慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい……そんなつもりはなくてっ……」
「お前が学園を辞めるなら私も安心して王の執務に専念できる。
……この件に関してもう一度口を開くなら、アオイが学園を辞めるという条件のもとでしか話し合いには発展しないことを覚えておきなさい」
「……はい、わかりました」
(やっぱりお父様は私が学園に通うのが心配なんだ……)
「言いたいことはそれだけか? 用がないなら――」
アオイが自ら進んでサポートを買って出ることがわかっているため、わざと素っ気ない態度をとるキュリオ。
「……っ私、お父様をお助けしたいんです! 私にできることなんて無いかもしれませんが……なんでもお申し付けくださいっ!!」
傍へやってきたアオイが懸命に訴える。
その言葉を待っていたかのように口角を上げたキュリオはアオイの腕を引いた。
「ああ、あるとも。お前にしかできないことが――」
キュリオの端正な顔が近づいて。
あっという間に抱えられたアオイは王の膝に腰を下ろす姿勢になってしまった。
「……お父様……、これではお手伝いが……」
「お前を感じながら執務をこなすのが私の理想だ。懐かしいだろう? アオイの定位置は私の膝の上だったからね」



