狂気の王と永遠の愛(接吻)を~イベント編~

 戸惑うアオイを気にすることなく、手身近なソファへと腰を沈めたキュリオは長い脚を組み、肩肘をついてアオイの全身をその美しい瞳へ映した。

「どうした? 気に入らないのであればこれからロイを呼ぼうか」

 たくさんの衣装の前で硬直してしまったアオイに小首を傾げたキュリオの声が掛かる。

「……いえ、あまりにも素敵過ぎて迷ってしまって……」

(お父様本気だ……でも、ここでご機嫌を損ねてしまったら……)

 ここでアオイが反発してしまうといたずらに無駄な時間を過ごしてしまうことになる。キュリオにはキュリオの、アオイにはアオイの限られた時間がある。

「それなら私が選んであげよう」

 一着のドレスを手にしたキュリオにアオイは驚きを隠せない。それはまるでパーティの主役が着るような艶やかなもので、これから学校へ出掛ける数時間の間に着るようなものとはとても考えられない。

「これはどうだい? お前の白い肌に映える鮮やかな色だ」

「……そ、そのドレスではお父様のお仕事のお手伝いが……! あっ! こちらのお洋服のほうが動きやすいかと――!」

 なんとかキュリオの気持ちを逆撫でしないよう言葉を選びながら大人しめな服をも選ぶ。

「アオイがそう言うのならそれにしようか」

 大きな鏡の前に立つよう促され、上品なバルーン袖のワンピースを体へ当てがったキュリオは満足そうに頷いた。

「些か地味ではあるが、知的なお前も美しい」

「ありがとう、ございます……」

 なんとかキュリオから承諾が得られた服を受け取り着替えようとするも、空色の瞳がアオイの姿を捕えて離さない。

「……」

(いくら何でもお父様の前で着替えるわけには……)

「お父様、私も湯浴みをして参ります」

 体のいい言い訳を思いついたアオイは服を手にしたままキュリオを振り返る。

「いいだろう」

 流石にキュリオと寝起きを共にしていた昨今までのアオイは、王の寝室にある湯殿を当たり前のように使用していたため、いつ何時湯浴みをしようともなんら不思議ではない。
 再びソファへと腰をおろしたキュリオは水の入ったグラスへ口を付けると静かに待つ態勢へと入った。

(よかった……ううん、お父様が目の前で着替えろだなんて言うわけない。……心配し過ぎかな?)

「…………」

 湯殿のある扉をくぐったアオイの後ろ姿を見届けたキュリオが小さく息を吐いた。

(うまく逃げたな)

 いつもはアオイの懸命な抵抗さえ"愛らしい"と笑っているキュリオだが、今朝の彼の瞳はまったく笑っていない。それどころか、いつも穏やかなその瞳は不機嫌さをはらんでいるように見えた。

 そしてひとりになると考えるのは――


『――私は……貴方様の愛にお応えすることはできません――』


 まるで別人のような表情と声色のアオイ。哀愁漂う眼差しに、固い拒絶の意を示す言葉。

(アオイが私を"貴方様"と呼んだことは一度もない。もうひとりの人格が共存しているとして、その人格は私を知っているものの……自分の立場がわかっていないということか?)

 "貴方様"という言葉に込められた真意を再び考える。
 親子関係であることを認識していない……つまり、誕生したばかりの人格である可能性が高い。

(再びもうひとりのアオイが現れたら私はどうすればいい? 彼女の望みを問うべきか、それとも魔法で深い眠りへ誘うか――)

 まさか別の人格がアオイの体を乗っ取るとは考えにくいが、悠久の国において第二位の地位をもつアオイの立場を理解していない"彼女"が帰る場所もわからず路頭に迷う可能性がある。

(いつ別人格に代わるか不明な今、城の外に出すのは危険だ)

 "彼女"が理解していないのなら、登下校の際に護衛をつければよいだろうと言われそうだが、それでは混乱した別人格が暴れる可能性もある。それだけではない。学園内で人格が変わってしまった場合のアオイの記憶の欠如と、その間のクラスメイトとのやりとりがうまくいくとも思えなかった。
 従って、いまキュリオが出来るのは……なるべくアオイを刺激せず城の中で様子を見ることだ。

(アオイは嫌がるだろうな)

 此度のアオイの休学はキュリオとの思惑とは無関係だったが、事情を聞かされずに城へ閉じ込められるアオイの怒りや悲しみがキュリオに向かうのは必至だ。
 ズキリと痛む胸の要因はわかっている。

「……私はまだアオイに嫌われる覚悟を持ち合わせてないらしい」

 
 ――これから数時間後、以外な者たちから休学を提案されたアオイが別件で気落ちしている姿が城内で確認されることとなる。