――夜が明け、白み始めた悠久の空に広がりを見せたのは朝の日の光と、透き通った小鳥たちの歌声だった。

 やがて上質なカーテンの合間から覗いた朝日が、ベッドの上で横たわるふたつの影を目覚めの時へと誘う。

「ん……」

 珍しくその誘いにのったのは、まだ幼さの残る姫君のほうだった。
 しかし彼女はモゾモゾと寝返りをうち、心地良いベッドのなかから出ることを拒むように自身の頭部を支える枕へと手を伸ばす。引き寄せて、至福の笑みを浮かべながら頬擦りを繰り返すと、やがてその動きは鈍くなり再び眠りへ落ちようとするのを違和感が意識を引き戻す。

「……、?」

 引き寄せたはずの枕に、わずかだが自身が引き寄せられた感がある。
 薄く目を開いて違和感について考えるが、深く考えずとも腹部に感じる優しい重みには十分心当たりがあった。

「……おとう、さま……?」

(……あれ? 私、自分の部屋で眠ってたんじゃなかったっけ……)

 どこか抜け落ちているような感覚の残る頭のまま肩越しを振り返る。

「……っ!」

「…………」

 予想していたよりも間近にあった空色の瞳と視線が絡むと、驚いたアオイの肩は小さく跳ねたが、無言のままこちらを凝視し続ける高貴な眼差しに小首を傾げた。

「あ、あの……お父様、私なにか……」

 いつもの朝ならば、視線が交差すると同時に慈しみをこめた抱擁と言葉がアオイを包む。しかし、それをしないということは――……

(……眠っているときにお父様を蹴ってしまったとかっ……)

 サァーッと、寝相の悪い自分が起こしたかもしれない失態に蒼褪めていると、無遠慮な手が腰と頬に伸びて――

「……アオイだな?」

 やや強めの力が籠り、探るような視線と低い声がアオイを射抜く。

「はいっ……」

(やややっぱり怒ってらっしゃるっ!)

 こうなったら謝るのが先だと言わんばかりに横になったまま体を折り曲げて謝罪の姿勢をとる。自然と体が丸まり、シーツの中へと顔を埋めたアオイはモゴモゴと心の内を述べる。

「……っごめんなさいお父様! 私、お父様の大事なお体に傷をっ……!」

「どちらかと言えば傷ついたのは心だ」

「……へ?」

 頭上から降りてきた言葉に顔を上げると、両脇に手を差し入れられたアオイの体は容易く元の位置へと戻されてしまった。

「…………」

(まるで心当たりがないようだな……)

 隠しごとの苦手なアオイの視線と挙動に乱れはなく、目を丸くしてこちらを見つめ返す清らかな瞳には、愛する者へ向けるに相応しくない猜疑心にまみれた自分が映っているばかりだった。

「……昨夜の出来事はどこまで覚えている?」

「……さ、昨夜……? えっと、えっと……」

 起き抜けで回りきらない思考をフル回転させるが、かすかに覚えているのは……目覚めたときに真っ先に脳裏に浮かんだ"自分は自身の部屋で眠っていたはず……"の違和感である。

(あまりよく覚えていないけど、目覚めたときにそう思ったんだから……きっとその記憶が一番信じられるかも……)

「たぶん、ですけど……自分の部屋で眠ったところまで、とか……」

「…………」

 その言葉に眉間へ皺を寄せたキュリオは何やら思案するように口を閉ざした。

(……私の愛を受け入れられないと告げたその周囲の記憶が欠如している……)

「…………」

 そして何かに気づいたキュリオはアオイの言葉に対する疑問を投げかけた。

「"たぶん"とは? 部屋で眠りについた記憶さえあやふやなのか?」

「うっ……そうなんです。まだ寝ぼけてるみたいで頭に靄がかかってて……でも、目覚めてすぐ、あれ? って思ったから……それが正しいのかな、と……」

 いまにも聞こえてきそうなキュリオのため息。"その情けない記憶力では勉学も辛いだろうな"と言われそうで耳を塞いでしまいたくなる。

「……そうか」

 恐らくアオイは嘘をついておらず、記憶の片隅にある"違和感"を信じたのは懸命な判断だとさえ思う。
 するとキュリオは、ならば……と考えながら"違和感"を自身へと重ね、目の前の少女へ真っ先に抱いた疑問を思い返す。

『――私は……貴方様の愛にお応えすることはできません――』

(あれはアオイの口調ではない。……まさか別人格……?)