「…………」

 能天気なミキの声が遠くに聞こえるほど深く悩んでしまっていたらしいアオイの異変に気づいたシュウ。

「……やっぱ帰るか? 食欲もねぇみたいだし……」

 と、優しい気遣いを見せる。しかしミキは――

「悩みはここで解決しちゃいな! 家に帰っても悩みの種の"お父様"が待ってるんでしょ?」

「うん……。
お父様も家庭教師をしてる方も、私の体調が優れないときはすぐ気づいてくれたの。だから無理をした覚えはあまりなくて……」

「……なるほどねぇ。で? 今日はアオイが無理しちゃったんだ?」

「それが……私も悪いんだけど、お父様が嘘をついていたようにしか思えなくて……」

「どんなふうに?」

 アオイは昨夜からの経緯を大まかに話した。
 なかなか寝付けず、睡眠時間が短かったこと。それを見た"お父様"が自分の起きる時間を偽って一人家を出てしまったことを。

 俯きながら言葉を紡ぐアオイに大人しく話を聞いていたミキとシュウ。
 そして声を上げたのはやはりミキだった。

「もしかして……"お父様"は学園に入ること反対してた?」

「うん……私あまり家から離れたことなかったから……なかなか頷いてもらえなかったの」

「完全な箱入り娘だねぇ……」

「異常だな。親父さんお前を嫁に出さないつもりかよ」

「ううんっ……たぶん心配なんだと思う。私、世間知らずだから……」

「でもアオイが外の世界を知らなかったのって家から出そうとしなかった"お父様"のせいじゃん。そうやって娘が外に行こうとする芽を摘んじゃうんだから、アオイに不満が芽生えてもしょうがないよ。外に出したくないのは”お父様”のエゴでしょ」

 アオイは反省の色を見せるが、普通に考えて常識がズレているのは”お父様”のほうだとミキとシュウは口をそろえる。

「お前はどうなんだ? このままじゃマズイって思ってるから反抗したんだろ?」

「……うん。だから少しお願いしてみたんだけど……ご機嫌を損ねてしまったみたいで……」

「んー、このままの状態が長く続くと厄介なのは確かだね。本音を言い合って理解を得るしかないんだろうけど……」

「…………」

(もう十分話を重ねている気がする……それでも聞いていただけない場合はどうしたらいいんだろう……)

 考えうる"妥協"や"歩み寄り"のような手段は既に出尽くしてしまった感がある。
 しかし、そう思うことが何不自由なく育ててくれた父親への無礼な行為だと言うのならば、これからすべてのことを諦めねばならないことになる。

「……アオイ大丈夫?」

 いつになく深刻な表情を浮かべる親友にふたりは心配そうに顔を覗きこむ。

「……うん。今回は私が悪いのわかってるから……まずは体調管理しっかりして自分で朝起きなきゃだよね」

「う、うん……まずはお父様に反撃する隙をつくらせないことが一番……だけど……」

「アオイ! 待てって……!」

 無理して笑おうとするアオイの表情にいつものような輝きはなく、立ち上がろうとする彼女を心配したシュウがその手首を掴んだほどだ。

「ごめんねふたりとも。もう大丈夫だから」

 そう言い残して、ほとんど食事に手をつけぬまま教室に戻っていくアオイ。その後ろ姿を悔しそうに見つめていたシュウが重々しく口を開く。

「ミキ……俺がアオイの親父さんと会うにはどうしたらいい?」

「え……? 本気で言ってんの?」

「……っあんなアオイ見てられっかよ!! アオイの親父普通じゃないぜ!? あいつのこと所有物みたいに扱いやがって……!」