引きずられるように腕を引かれ、そのまま人影のない噴水の傍まで連れて行かれる。

「あ、あのさ! 頼みっていうのは……」

「……ス、ストップ、はぁっはぁ……っ……」

 並みならぬ体力を持つカイと相反するアレス。結構な距離を走らされた若き魔導師は早くも会話を始めようとする彼へ制止を求めた。

「……っ悪い、すこし休むか?」

「そうしたいっ……、答えるのが、遅くてもいいなら……話して……っ……」

 額の汗をぬぐいながら途切れる呼吸を懸命に紡ぐ。息苦しくとも耳と思考は働くのだからアレスの頭脳は便利なものだ。

「おうっっ! アレスの魔法でキュリオ様の部屋を透視みたいなことって出来るか?」

「……っ!? ゲホッ!!」

 咳き込むアレスの背へ手を添えながら"本当に大丈夫か?"と顔を覗きこむカイの手を振り払い、眉を吊り上げた彼は飽きれたように口を開いた。

「……そ、そんなことできるわけっ……!! 君が言ってるのはキュリオ様の寝室のことだろ!?」

「おうよ!! 場所はここから見える最上階の……」

 悪びれもなく頭上を指差すカイに大きく首を横に振ったアレス。

「……っ王の寝室を覗き見するだなんて罰当たりだ!! カイがそんなことをしたがるなんて幻滅したよ!」

 気高く美しい全能の王へ憧れや理想を抱くのはわからないでもないが、そのように盗み見をするようなことは決してあってはならない。ましてや王の腹心の家臣ともなれば、キュリオの信頼を一気に失う可能性だってある。そのようなことは断じて許されないことだと力説しようとするアレスに今度はカイが全力で否定する。

「か、勘違いすんな!! 覗きじゃねぇって! 俺はただ……アオイ姫様が心配で……」

 元気だけが取り柄のカイがションボリと肩を落とすと、自分の考えが誤っていたのだとすぐに気づいたアレス。

(そうか、アオイ様がキュリオ様の寝室に……)

「ああ、ごめん……でも君は出入りを許されているはずだろ? 堂々と会いに行けばいいんじゃないか」

 そうはいっても女官や侍女たちと違ってカイが最上階へ出入りするには条件がある。
 まず、第一にアオイの世話係というだけあって彼女がそこにいなければ入室することは許されず、さらにキュリオが傍にいる場合は立ち入りを禁じられているのだ。

 それらに該当しない今、なにが足枷となっているかはカイにしかわからないことだった。