ふたたび眠りに落ちた娘を見届けたキュリオは、侍女へ飲み水を入れ替えるよう指示し部屋をあとにする。

「なるべく早く戻る。アオイが騒ぎはじめたらすぐに伝達をよこせ」

 長い銀髪を後ろで束ね、伊達眼鏡を装着し教師モードに切り替えた彼はアレスの差し出した鞄を手にすると城門を出て行く。

(……アオイ姫様が騒ぐ? お体が優れないはずじゃ……)

「畏まりました。お気をつけていってらっしゃいませ」

「いってらっしゃいませ! キュリオ様!」

 抱いた疑問を表に出さぬよう、平静を装いながら数十名の女官らと主を見送るアレス。

 大切な姫君の体調が思わしくないと、朝からその話題で溢れかえっていた悠久の城。しかし、そのほとんどの者は王と姫の寝室のある最上階へと近づくことを許されていないため、姫君の姿を確認できるのは立ち入りを許可されている極一部の者に限られているのだ。

 そして不明な点は他にもある。

(万能な癒しの力を持つキュリオ様がなぜ姫様をそのままにされているのか……)

 それを確かめるにはキュリオに聞くか、アオイ本人に会う必要がある。もしくは――

「アレスッ!」

 王を送り出した城門が閉まると、"極一部"に該当する若い剣士の声が背後からかかる。

「……キュリオ様はっ……?」

「いま出掛けられたところだよ」

 上がる息を整えながら真顔で迫る彼に"まさか……"と姫君の容体悪化が脳裏をよぎる。

「そっか! ちょうど良かった!」

「え?」

 予想外の明るい声と言葉に目を丸くしたアレス。カイは何かを企んでいるときのように瞳をキラキラと輝かせていたからだ。

「お前に頼みがあんだ! こっち来てくれ!!」

「ちょ、ちょっと待ってよっ……」